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#00509 2017.12.15
扶桑皇典(39) -人は神に似たり-
 
 
 顕幽分界の後は、神も人も相接近する事を得ずと雖(いえど)も、神は時としては化現(けげん)もし給ひ、神憑かりもし給ひ、また夢想をも用ひ給ひ、神使をも命じ給ひ、物の兆しを以て示し給ふ事あれども、人は神に請ふ事ありても、祈願と卜筮(ぼくぜい)との外(ほか)には得せず。 #0480【扶桑皇典(10) -幽顕分界-】>> #0481【扶桑皇典(11) -幽政の神廷・上-】>> #0482【扶桑皇典(12) -幽政の神廷・中-】>> #0491【扶桑皇典(21) -神憑-】>> #0492【扶桑皇典(22) -卜占-】>> #0493【扶桑皇典(23) -神異-】>> #0498【扶桑皇典(28) -夢及び幻影-】>>

 然れども、人も神の生(な)し給へる物なれば、自然に神に似たる方もありて、稀には肉眼ながら疫神などを見得る人あり。
 『政事要略』に、貞観(じょうがん)三年、三善何某の、病にて危篤なりし時、阿波国より来(きた)る媼(おうな)は、よく鬼を視ると聞こえしかば、妻なる人、媼を語らひて病床に引きて見せしに、媼の言ふには、「病床には鬼物の外に、一人の丈夫の、その貌(かたち)、何某に似たる人居(おり)て、大いに怒りて鬼物を追却したり。この丈夫と見えしは、氏神ならん」と語りしかば、一家はまた氏神をも祈りしに、媼の再び、「丈夫は鬼物を追却して、阿波の鳴門を過ぎたり」といひし程に、病も本復したりといふ(『志斐賀他理(しいがたり)』)。
 また、神の如く縮地の術を得たる人もあり。橘南谿(なんけい)の説には、京の大仏辺りに住みし老人は、須臾(しゅゆ)の間に数百千里の道を往来する術を得たりしかば、老後に至りて、その術を伝ふべき人を求めたりといふ(『北窓瑣談(ほくそうさだん)』)。 #0446【『本朝神仙記伝』の研究(64) -京都仙翁-】>>

 また、神の如く、他人の心中に思へる事を知りたる人もあり。何時なりけん、白山に住みたる三人の僧の中の一人は、結縁(けちえん)の人来りて、未だその詞(ことば)も述べぬに、予てその人の心中を知れりといふ(『続古事談』。
 また、或る僧は、人の心中の事を知りてよく言ふとて、誰も彼も言ひ当てさせしに、或る人、その事を山鹿素行(やまがそこう)に語りて、「足下(そっか)も試み給へ」といふを、その頃は素行もまだ若年なりしに、勧められて辞(いな)ぶも聴かざれしかば、「然らば」とて、僧に向ひて、「我が心中を言ひ当てられよ」と試みたるに、僧は山鹿を見て、「今日は免れされたし」とて逃げ去りしかば、諸人は不思議に思ひて、「何人(なんびと)の心中をも言ふ僧にして逃げしか」とて、その事を素行に聞けば、素行の言ふには、「かの僧は我が心中を知りて逃げしなり。それは、もし我が心中を一言にても知りて言ひしならば、抜き討ちにせんと思ひたるを知りたる故なり」と語りたりといふ(『甲子夜話』)。

 また、上野(こうずけ)国高崎にもかゝる僧ありて、その僧は、人の手に握りたる物を、銭にもせよ玉にもせよ忽ち取るを、防ぎ得る者無かりしかば、僧の言ふには、「然らば、自身の取らんとする手を、小刀を以て突き刺して見られよ」といひて取るに、突き刺す事も出来ざりしを、或る士人、その席に居て見て在りしが、「然らば、我が掌中の物を取り試みられよ」といひて、右手に小刀を持ち、左手を拳にして差し出したるを、僧はつくづく視て、「貴下のは取る事能(あた)はず」といひて取らざりしかば、後にその故を問へば、僧の言ふやう、「かの人は、我が取る手を刺す為に、自身の手をも貫かんと決心したれば、取らざりしなり」と答へたりといふ(『耳袋』)。

 また、直(じか)に神と結婚せし人もあり。万治三年の夏の頃、上野国四万の里の山中にて、道に迷ひて山神の女(むすめ)に遇ひしに、妖怪退治の為なりしが、遂に山神の女に媾(まぐわ)ひて、一子を生ませて、妖怪を滅したる事あり(『剪燈実話』)。
 また、前にいへる美濃の少女の如きは、肉身ながらに山神と為り、由比源蔵は全く仙人とも為りたり。 #0504【扶桑皇典(34) -霊人-】>>
 また、数百年の長寿を保てる人もあり。筑前国遠賀郡(おんがのこおり)庄ノ浦の女人は、法螺貝の肉を食ひし故か、安徳天皇の御代の頃を知り居て、近世までも存(ながら)へ居たる由(よし)なり(『見聞雑録』『倭文麻環(しずのおだまき)』) #0416【『本朝神仙記伝』の研究(34) -津軽女仙-】>>
 また、天明年中、或る人の、備中国賀陽郡の山中にて遇ひし老人夫婦は、後醍醐天皇の御代の事を語りたりといへば、その年齢も推し量りつべし(『百家琦行伝』)。 #0423【『本朝神仙記伝』の研究(41) -郷谷長生夫妻-】>>

 また、人は神仙に伴はるゝ事もあるが、その伴はるゝには、体行とて肉体ながらに行くと、気行とて神魂(たましい)のみ行くとの別ありて、神魂のみ行く時は、自然に青色の平袖の衣服を着、木履をも穿き、人相は体行も気行も異ならねど、肌膚などは、気行の時は清く美しく為るといふ(『幸安仙界物語』)。 #0232【『幽界物語』の研究(2) -幸安の幽顕往来-】>>
 この神魂のみ行くといふも、即ち神と似たるなり。然れば、人は実に万物の霊長にして、殆ど神の類なれば、その神魂の奇霊(くしび)なるは、一念の向ふ所は、その人にも知られざる奇瑞(きずい)を現すなり。

 会津の松平下野守(しもつけのかみ)の家人・吉村清兵衛といふは、主人の供(とも)を命ぜられて在りしに、その日、時刻に遅れたるに驚きて、一散に夢中に走りて、会津の城外に河の在るを忘れて、辛うじて追ひ付きたりしを、帰路には船にて渡れるを見て、初めて心付きて、「前には、いかにしてこの河を渡りしか」と訝(いぶか)れりといひ、また、酒井何某の家人の鷹匠は、主人の秘蔵の鷹を反らして狼狽したるに、鷹は河向ひの森に居るを見て、宙を飛びて森に入りて、鷹を居(す)ゑ得たりしを、これも帰路には大河に遮られて渡られず、二里余りの道を廻りて、船にて帰りたりといふ。この河は名に負ふ利根川なり。いかにして前には越えたりしかと、自身も怪しみ、諸人も不審に思ひたりといふ(『因果物語』)。

 然るに、この神魂は、一定不動なるにはあらず、分離しては遊魂と為りて、体外にも出ずる事あり。或は念慮凝結すれば、強大なる物とも為り、或は散漫に委(い)すれば、漸次(ぜんじ)減少して弱小なる物とも為るを以て、よくその損耗散逸を予防せざる可らず。 #0222【尸解の玄理(1) -神化の道-】>>
 人の老衰して死亡するに至るも、皆この神魂の減少するが為にて、かの百三十歳の長寿を保ちし渡辺幸庵の老後の言にも、「余(よ)も、この度の煩ひは、心気共に減り減りしての上なれば、本復は難し」といひしは(『渡辺幸庵対話』)、神魂の減少し行けるを、心に深く感じたれば言ひしなり。
 
 
 
清風道人
カテゴリ:扶桑皇典
 

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