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#00471 2017.4.25
扶桑皇典(1) -人智の狭隘-
 
 
(清風道人云、この『扶桑皇典』は、明治三年に平田鉄胤先哲の許に入門して古学を学び、更に漢学や洋学も修めた後、帝国大学や東京師範学校の教授等を歴任された文学博士・物集高見(もずめたかみ)先生が著された、幽界の実在を立証する格好の文献といえます。世には博士や大学教授といった肩書や地位に縛られて、内心秘かに幽界や霊物の存在を認めつゝも、これを口にし得ないのが今日の所謂(いわゆる)学界なるものゝ実状ですが、学者として正々堂々と公表された先生の勇気ある態度は称賛に値すべきでしょう。)

 人智は狭隘(きょうあい)なり、恃(たの)むに足らず。人智は、見聞し得ぬ物は知る事能(あた)はず、耳目の及達する範囲を以て限度とす。人身に舍(やど)れる神魂(たましい)の如き、睡眠中に見る夢の如き、固(もと)より全く知らず。 #0258【『幽界物語』の研究(28) -参澤先生の霊的体験-】>> #0259【『幽界物語』の研究(29) -夢について-】>>
 見聞し得る物も、その然(しか)る所以(ゆえん)は知らず。太陽の右旋、斗柄(とへい)の光芒は言ふも更なり、山の移転、浮島の遊行の如き、植物の動物と化(な)り、動物の植物と化るなどは、常によく耳目に触れると雖(いえど)も、その何の故たるを知らず。

 植物の動物と化るといふは、渓流に浸りたる笹の魚と化り、土中に埋もれたる竹根の蝉と化り、杉菜の蟷螂(かまきり)と化り、小麦の蛾と化る類(たぐい)、また動物の植物と化るといふは、蠐螬(すくもむし)の茸と化り、蚯蚓(みみず)の百合と化る類、また動物の他の動物と化るは、蜂の促織虫(こおろぎ)と化り、蛇の鱆魚(たこ)と化り、蟹の鳩と化り、泥鰌(どじょう)の守宮(やもり)と化る類、また植物の他の植物と化るは、蓬の菊と化り、橘の枳(からたち)と化る類、また冬虫夏草の如きは、一物にして、夏と冬とにて、草と化り虫と化るもあり。
 また、動物も植物も、雌雄にてその趣も異なれるもあり。雄鳥はその羽を左を上に畳み、雌鳥はその羽を右を上に畳み、牡貝は左に巻き、牝貝は右に巻き、稲・芋の如きも、雄種はその茎、左に纏(まと)ひ、雌種は右に纏ふ。これ、左は男の位、右は女の位なればなり(『古史伝』)。 #0214【神道宇宙観略説(5) -陰陽の発現-】>>

 石を破りて、魚の現れ、虫の現れしは、『雲根志(うんこんし)』にも載せて珍しからねど、蛙石(かわずいし)は奇なり。蛙石は摂津国東成(ひがしなり)郡林寺村の民家の裏に在る石にて、鳥・虫などのこの石上に留まれば、石の頂、二つに割れて、鳥・虫を石の間に入れて、さて後にまた本形に復(かえ)るといふ(『諸国里人(りじん)談』)。
 また、勾玉の、勾玉を産み、小石の、漸々(ぜんぜん)長じて子石、孫石を産むも奇なり。信濃国松代なる池田宮の神体は勾玉にして、もと靑・白・赤の三個なりしに、年々歳々、その色の子玉を産みて、今はその数、幾石にも至れりといひ(『古史伝』)、陸奥国延澤(のべさわ)銀山の熊野社の姥石(うばいし)は、文禄年中、村民・何某(なにがし)の、熊野に参詣して、那智浜にて拾ひ来りし小石なりしに、この石、年々に成長して、八十年を経し頃には、既に一拱(いっきょう、両手で抱える程)もある石と成りて、その石、年々子石を産み、子石、また漸々長ずれば孫石を産み、太郎、次郎、孫、曾孫と呼ばるゝ石、次第に出来て、姥石の側には小石ども群がり居(お)りて、その数、二、三千にも為れりといへば、今は河原の如くにも成りしなるべし(『雲根志』)。

 また、『雲根志』の著者の家に、子産石(こうみいし)といふ石あり。赤白の色にて玉の如き石なるが、この石、時々、小豆粒の如き子石を産む。その孕(はら)める体も外より見ゆるを、産みて後はその痕も無く、母石の体重も減らずといへり。
 また、筑後国三熊郡大石村の鎮守社の神体は石なるが、昔時は僅かに一握りばかりなりしに、年々に成長して、今は数十人ならでは動かすべからざる程にて、その為に社殿も屡々(しばしば)建て替ふる事なりといふ。(『雲根志』)
 また、京の北野の社家に一個の玉を蔵せるに、玉中に水ありて、晴・雨に依りてその水、上下すといふ(『筆のすさび』)。これ等も、人はその故を知るべからず。

 また、雀の、海に入りて蛤と化るとは聞けど、蛤の雀に化る事は聞かざりしを、大隅国柁木(かじき)といふ地にて、蛤の半分、雀と化り居りたるを見て、数個を取りて籠に入れて置きたるに、十日ばかりを経て、皆、雀に化りたりといふ(『倭文麻環(しずのおだまき)』)。
 山芋は鰻と化り、鰻もまた山芋と化る事あれど、蛤の雀と化れるは珍しかるべし。

 また、薩摩国の野間政和といふ人は、赤銅を硫黄の中に埋め置けば青銅と化るといふを聞きて、試みがてらに四分一の目貫(めぬき)を硫黄の中に入れ置きたるを、一年ばかりを経て不図思ひ出でゝ、その入れたる箱の蓋を開きて見たるに、蠐螬(すくもむし)と化りて、背を起こして這ひ歩きたりといふ(『倭文麻環』)。
 銭は亀と化り、丹砂は雉と化るともいへれば、目貫の蠐螬と化れるも怪しむには足らざるべきか。

 尚、殊に驚異すべきは、仏書に見えたる、梟(ふくろう)の埴土(はにつち)を懐(だ)きて雛と化す事なり。然れども、これを疑ふべきにはあらず。梟の事は、大田南畝(なんぽ)の書中にも見えたり。
 また、漢土の或る地に、石上などに麭(こなもち)を生じたる事ありて、人も取りて食ひしに、常の麭に異なる事なかりきといへるが、宝永六年には、京の北方の民家にて樹に餅を生ぜし事ありて、村民ども、試みに食ひたりしに、常の餅の如くにてありきといへり(『結毦録(けつじろく)』)。

 上来の事物は、現に人の見聞せる所なれど、人はその何故たるを知る事能(あた)はず(鶏の時を定めて鳴くも、その何の故たるを知るべからず。鼠の火災を前知し、雉子の地震を前知するも、知るべからず)。 #0025【密接に関わりあう顕と幽】>>
 況(いわん)やこの世界に、人倫・動植の生々化々して休止せぬ故に至りては、全く不明に属するを以て、古来、因果応報、罪悪流伝などの説を生じて、今も尚論争を続けてあり。然れども、皆空理空論にて、実際に遠ければ、事に当たりて用を成さず。
 これ、人智は見聞し得る事物に就てのみ用ひらるゝを以て、耳目に触れぬ物は抹殺して、妄誕なりとして止むより外(ほか)なければなり。

 然れども、天地の間、豈(あに)人間以外の物無きを知らんや。松浦静山候はその書中に、「近く、文化年中の事なり。讃岐高松候の世子(せいし)・貞五郎は、幼時、江戸の矢の倉の邸にて、諸士を従へて紙鳶(たこ)を揚げて居(おり)たりしに、遥かなる空中を何物なるか来る物あるを見たるに、近くなる儘によく視れば、両足は天に向ひて倒に為りたるが、衣の裾などは皆捲(めく)れて、頭も肩も見えざりしかど、女人の如くにて、泣き叫ぶ声もよく聞こえたれど、攫(つか)みて提(さ)げて行く者は見えず。諸人は唯、空を仰ぎて『かれよ、かれよ』と言ふのみにて、如何(いかん)ともする事能はで、天狗の所為かと評し合ひたりといへり」と記せり。 #0137【『仙境異聞』の研究(2) -山人・天狗・仙人とは?-】>>
 もし人間以外に物無くば、この女人は、頭を地に垂れて、天も踏みて行きたりと言はんか。人の耳目に触れぬ幽界には、また耳目に触れぬ物あるは言ふも更なり。

 近時は、西洋人も人智の狭隘なるを論じて、人は万物の霊長なりといへども、昆虫の行為すらも知り得ぬ事あり。例へば、蟻・蜂の類は、何事にてもあれば、一種の想波を以て、即時に他の同類に知らする事なれど、人はその機能の故を知らねば、学ぶ事を得せず。
 もし人にしてその機能を具備したらましかば、電信・電話を持たず、この想波に依りて、総ての人に即時に知らす事を得べきを、人智は未だ然る域には達せずといへり(『萬朝報(よろずちょうほう)』の大正十二年十一月二十四日の記事)。

(清風道人云、日本古学では、生物が身体を変じて異物と成る事を「転生」と呼び、これは「転化の気」によって起こる現象とされていますが、これについては明治の神人・宮地水位先生が、「転化の気と云へるものは、地気に交じりて起こるあり、水気に交じりて発するあり。この転化の気に触るゝ時は、俄然にその性を変じて異物となる。その気に種々ありて、鹿と成る気も、鳥と変ずべき気も百端ある中に、多きは石に変化する気は最もあるなり。木の石と変じ、人の石と化すも、この気に触れて化せらるゝなり」と論じられています。 #0225【尸解の玄理(4) -日本武尊の尸解-】>> #0300【怪異実話(16) -石に成った人のこと-】>>
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清風道人
カテゴリ:扶桑皇典
 

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