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#00405 2016.3.19
『本朝神仙記伝』の研究(23) -小野篁-
 
 
 小野篁(おののたかむら)は敏達天皇八代の後裔、小野岑守(みねもり)の子なり。身の丈六尺三寸あり。家、元より清貧なれども、母に仕へて至孝なり。
 始め学業を事とせず、嵯峨天皇これを聞食(きこしめ)して、「既にその人の子たる者、何ぞ弓馬(きゅうば)の士とならむや」と難ぜさせ給ひし由(よし)を聞き、篁、大いに恥じ悔ひ、これより学に志したりとかや。

 嵯峨天皇の天長元年、巡察弾正(だんじょう)に拝せられしより、歴任して刑部大輔(ぎょうぶのたいふ)になり、進みて参議に至る。仁明天皇の承和年中、参議・藤原常嗣(つねつぐ)と共に遣唐使を命ぜらる。常嗣は大使となり、篁は副使たり。同五年、当(まさ)に発せんとするに方(あた)りて、船四艘を以て渡航の用に供す。第一の船を大使・常嗣の船とし、第二を副使・篁のとす。
 而(しか)して大使の船損傷あり。詔(みことのり)有りて副使の船と交替せしむ。篁これを論じて屈せず、遂に病と称して渡航を辞す。翌六年、遂に詔を拒むを以て、除きて庶人となし、隠岐国に配流(はいる)せらる。

 篁、幽憤を抱きて西道(さいどう)の歌を作り、以て遣唐の役を譏(そし)れり。その詞(ことば)牽(ひ)ひて多く忌諱(きい)を犯せるものあり、嵯峨上皇これを御覧(みそな)はして大いに怒らせ給ふ。
 故にこの竄謫(ざんてき)のことあり、路(みち)に在りて謫行(たつこう)の吟七十韻を賦す。文章綺麗にして興味優遠なりしかば、文を知るの輩(ともがら)、吟誦(ぎんしょう)せざる者無かりしと云ふ。
 またかの『小倉百首』に載せてよく人の知れる、「和田原(わだのはら)八十島(やそしま)かけて漕ぎ出(いで)ぬと、人には告げよ海士(あま)の釣舟」と詠めるも、この時の歌なり。

 篁、博学洽聞(こうぶん)にして、よく詩文を作り歌を詠ず。この頃、太宰の鴻臚館(こうろかん)に唐人・沈道古と云ふ者あり、篁の才識有ることを聞き、屡(しばしば)詩賦を以てこれを唱して、その和するを見て、常にその艶藻(えんそう)なるを誉めしと云ふ。
 凡そ当時の文章、天下無双にして、草隷(そうれい)の工(たくみ)は古(いにしえ)より二、三の類ひなりしかば、後世これを習ふ者は、皆師摸(しも)と為したりとなむ。

 篁、配所に在ること三年、承和七年四月、詔有りて特に召し還さる。翌八年、元の位に叙し、刑部大輔に任ぜられしより、更に歴任して官は左大弁(さだいべん)となり、位は従三位に叙せらる。
 文徳天皇の仁寿二年、病を以て官を辞し、家に帰る。天皇深く哀矜(あいきん)し給ひ、屡(しばしば)使ひを遣はして、病根を診視し銭米を賚(さん)し給ふ。その年の十月、病困篤(とく)なるに及び、諸子に命じて、「我が気(いき)絶へなば、即ち殮(おさ)めよ。人をして知らしむることなかれ」と云ひしとぞ。

 篁、在世中、その身、朝廷に在りながら、その神(しん)、常に幽冥に通ひて神霊に接(まじ)はる。ある時琰王(えんおう)の宮に遊ぶ。琰王、「戒を受けむと欲すれども、冥府に戒師無し」と聞き、篁、「金剛山寺の満慶と云ふ友あり、浄行の人なり。即ちその任に当たる者なり」と告ぐ。琰王、「然らばその満慶を呼び来れ」と云ふにぞ、篁帰りて金剛山寺に詣で、満慶に告げて共に冥府に至りしかば、琰王大いに悦び、慶を請(しょう)じて戒を受く。慶が帰るに方(あた)りて、琰王冥使をして一つの漆篋(はこ)を送らしめしが、慶帰りて開き見るに、中には白米を満ちたり。その米、取るに随ひてまた自ずからに満ち、慶が終身尽くること無かりし故に、時の人、満慶を改めて満米と呼びしとぞ。

 かくて小野篁はその実、死せるにあらずして、八坂の郷六道と云ふ所に於て、形を隠して何地(いづち)ともなく失ひたりと云ひ、また破軍星(はぐんせい)の精なりと云ふ。これを以て、篁は得道神仙の人なりとは云ひ伝へたるなり。

 厳夫云、本伝は『続日本後紀』、『文徳実録』、『三代実録』、『元亨釈書』、『神社考』、『神社啓蒙』、『本朝列仙伝』等の諸書を参集してこゝに載せたり。中に篁の、「その身朝廷に在りながら、その神、常に幽冥に通ひて神霊に接はる」と云へることは、『元亨釈書』の金剛山寺の満米が伝より採りてこれを記し、また八坂の郷六道と云ふ所にて形を隠して失せ去りたりと云ひ、また破軍星の化身なりと云へるは、『神社考』及び『本朝列仙伝』に因りて載せたるが、この篁の「身、官に在りながら、その神、常に幽冥に通ひし」とあるに就きては、或は疑ひを抱く者無きにあらざるべけれど、これは道学を修むる者にありては別に奇(あや)しむことにあらず。

 それは、神仙の道を修むるの要は、性を以て情を制し、魂を以て魄を練り、陰を消して陽を長じ、その極み無陰純陽の胎と成り、不老不死の大神仙と成らむと欲するに外ならず、その修行の順序として、稍(やや)陰少なく陽多くなるに随ひ、正座して定(じょう)に入り、我が身猶塵世の凡俗中に在りながら、その神(しん)を出して幽境に至り、神界に遊ぶことを得、これを脱胎神化と云ひ、また調神出穀とも出神景現とも陽神出演とも云ふ。 #0015【人間の本性は善か悪か?(1)】>> #0016【人間の本性は善か悪か?(2)】>> #0017【心の中の葛藤とは?】>>
 即ち『令義解(りょうのぎげ)』に鎮魂の儀を説きて、「鎮魂とは離遊の運魂を招きて身体の中府に鎮むるの儀なり」とある、その魂(みたま)を身体の中府に鎮め得たる結果とす。 #0227【尸解の玄理(6) -霊魂凝結の道-】>>

 また『胎息経』に、「胎は従(よっ)て気中に伏して結ぶ」とある幻真の註に、「道を修むる者、かつてその気を臍下に伏し、その神(しん)を身内に守れば、神気相合ひて玄胎を生ず。玄胎既に結べば、即ち自ら身を生かす、即ち内丹不死の道と為す」とあるも、またこれにて、この玄胎と指すもの、即ち定中に在りて、我が軀穀(くこく)を放れて幽冥に遊ぶに至る、これを出神とは云ふなり。 #0230【尸解の玄理(9) -求道の真義-】>>

 思ふに篁は、在官の時より既にその田地に至りてありしを以て、その神、屡(しばしば)冥府にも通ひしなるべし。延(ひい)て考ふるに、これは独り篁のみに止まらず、この前後に挙げたる神仙等も、概(おおむ)ねかくの如き人にて有りしなるべし。 #0403【『本朝神仙記伝』の研究(21) -願覚仙人-】>>
 如何にとならば、本伝の後の伝に載せたる都良香(みやこのよしか)の詩に、羅生門の鬼神や竹生島の明神の対句を授け給へるが如き、また菅公(菅原道真公)の、かの「氷消波洗舊苔鬚」と云へる句を鬼神の句なりと識(し)りて居られしが如き、皆その神の幽冥に通へる人なるを証するに足るべし。

 因みに云はむ、この定中出す所の神(しん)に二種の区別あり、それは陽神と陰神とこれなり。
 まず陰神とは、道術修練の功に因りて既に定中陰神を出すことを得ると雖(いえど)も、性猶情を制し尽くすこと能(あた)はず、魂猶魄を練り極むること能はずして、陽稍(やや)長じたるも、陰未だ消えざる所ありて出す所の神を陰神と云ふ。陰神は鬼(き)たるを免るゝこと能はず。
 また陽神とは、その陰皆消えて少しも残らず、至粋純陽と成りて出す所の神を陽神と云ふ。陽神に至りて始めて神仙と成るなり。 #0353【『異境備忘録』の研究(38) -天狗界の養生法-】>>

 この陽神と陰神に就きて、面白き事蹟あり。それは『消搖墟』を始め諸仙伝に因るに、宋の熙寧(きねい)元豊(げんほう)の頃、紫陽真人(しようしんじん)張栢端(ちょうはくたん)と云へる仙人あり。天台の人なり。少年の時より学を好みしが、後、蜀に行きて劉海蟾(りゅうかせん)に遇(あ)ひ、金液還丹火侯の訣を授かり、よく修練して道を得、我が神を出して幽境に遊ぶに至れり。
 時に一人の禅僧あり、彼もまた戒定慧(かいじょうえ)を修め、よく定に入りて神を出し、冥府に遊ぶことを得る。紫陽と僧と志よく合ひて、交り殊に深し。

 ある日紫陽、僧に向ひ、「今日、禅師と余(よ)と、同じく神を出して遠く遊ばむと思ふは如何に」と云ひければ、僧これに答へて、「願はくば共に揚州に行きて、瓊花(けいか)を見て来るべし」とて、紫陽、僧と共に一つの静室に入り、相対して趺坐(ふざ)し、目を瞑(つむ)りて神を出す。
 紫陽至りて見れば、僧もまた既に至りてあり。こゝに於て、二人瓊花を遶(めぐ)ること三度し、紫陽、僧に云ひけらく、「かくの如く共に来りて、瓊花を見るは甚(いと)珍し。各々一枝を折り、持ち帰りて印となすべし」と。
 暫くありて共に欠伸(あくび)して、神帰り目覚めぬ。紫陽の曰く、「禅師の持ち来れる瓊花は何処にか有る」と。僧これを捜すに、手にも有らず袖にも無し。紫陽は取り帰りし瓊花を持ち出して、僧と共に玩(もてあそ)びけるとぞ。

 後に於て、弟子、紫陽に向ひて、「師と僧と同じく神を出して揚州に遊び、また同じく瓊花を折りて持ち帰れるに、師は取り得て有り、僧は取り得ずして無きは、抑々(そもそも)何故なるか」と問ひければ、紫陽これに答へて、「我は金丹の大道を全うして性と命(めい)とを兼ね修めぬ。この故に、集まれば即ち形となり、散ずれば即ち気となる。これを性命雙修(せいめいそうしゅう)と云ふ。この性命を雙修したる者の出す神は、宛(さなが)ら現身(うつしみ)に異なることなし。故に至る所の地、真神形を見る、これを陽神と云ふ。陽神はよく物を動かす。僧が修めし所は、速やかに功を見んことを欲して、唯性のみを修めて命を修めず、これを性宗(せいしゅう)と云ふ。性宗の出す神は、恰(あたか)も夢中の我が身の如し。故に至る所の地、形影有ること無し。これを陰神と云ふ。陰神は物を動かすこと能はず。これ瓊花を取り得ると取り得ざるとの差(たがい)ある所以なり」と云ひけるとぞ。
 これは陰神と陽神との差異を明らかにせる事蹟にして、最も道学を益する談と云ふべし。

 かくて紫陽は元豊五年の夏、九十九歳にて趺坐して化したるを、弟子火葬に為しけるが、後七年を経て劉奉真(りゅうほうしん)と云へる者、王屋山にて紫陽に遇ひしに、紫陽は詩一張を留めて去りしと云ふ。
 また紫陽はかつて自ら云へるに、「己と黄勉仲(こうべんちゅう)及び維揚干(いようかん)先生と三人は、皆紫微星(しびせい)にて九皇真人(きゅうこうしんじん)と号したりしを、刼運(ごううん)の籍を校勘(こうかん)することを誤りしに因りて、人間に謫せられたる者なり」と云ひけるとぞ。これは篁を破軍星の精なりと云へるも同じことにて、かの東方朔を歳星なりとするの類ひなるべし。
 また紫陽の著書あり、『悟真篇』と号(なづ)く。修真の法を説くこと、丁寧反復せり。必ず読むべし。

(清風道人云、人は身体中に無形の幽資によって組織された幽体(霊体)を備えており、生存中の活動の善悪によってその体の高下精粗の差はあるといえども、帰幽後の人魂はこの幽体をもって幽府に入りますが、現界生活中においても、鎮魂法を修め、更に使魂法(脱魂法)に習熟すれば、その神(分霊、分魂)を自在に出入することが可能となります。 #0258【『幽界物語』の研究(28) -参澤先生の霊的体験-】>> #0261【『幽界物語』の研究(31) -茨木先生の入門-】>>
 しかしながら、その神が陽神に至らず陰神に止まるのは、魂霊が魄霊に制せられた状態で清明純陽なる玄胎を結び成すことが不可能である玄理と同様です。 #0222【尸解の玄理(1) -神化の道-】>>
 それにしても「仙は類を知る」とでも申しましょうか、この伝の注釈は、小野篁大人と同様に「身、官に在りながら、その神、常に幽冥に通ひし」真人であった方全霊寿真・宮地厳夫先生ならではの明解な補遺といえるでしょう。 #0379【水位先生の門流(1) -道統第二代・方全先生-】>> #0380【水位先生の門流(2) -方全先生の幽顕往来-】>>
 なお、小野篁大人は神集岳記式官三百神の一柱としてその御名が『異境備忘録』中に見え、神集岳において方全先生とも親しく御交流されているものと拝察されます。 #0340【『異境備忘録』の研究(25) -神仙と成った人々-】>> )
 
 
 
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