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#00304 2014.7.18 |
怪異実話(20) -再生した人のこと-
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『奇談雑史』( #0285【怪異実話(1) -紀州八木山の里の山神祭のこと-】>> )より(現代語訳:清風道人)
伊勢の山田大瀬古町に高瀬宗大夫という者がおり、外宮の神楽衆でした。その妻は並木氏の娘で、宗大夫に嫁いで男子三人を産みましたが、その後女子を産み、雪女(ゆきめ)と名付けました。 その雪女が安永七(1778)年の秋、三歳にして疱瘡(ほうそう)を病み、母は一日中雪女を抱いていました。ある時母が、「雪よ。わらわは男子を三人産んで、女子をもう一人欲しいと祈ったら貴女が産まれたのです。何卒(なにとぞ)疱瘡が軽くなりますように。それにしても、何れの国から来て我が子になったのかい」と戯れて云ったところ、雪女は目を開いて母の顔を眺め、「私は松阪より来ました。父様(ととさま)の名は餅屋六兵衛。母様(かかさま)はおもんと申します」と、はっきりと云い終って目を閉じて眠りました。母を始め、この話を聞いた者は皆驚き怪しみましたが、このことは何となく人の噂話となり、その年は暮れました。 翌年の春になって松阪の六兵衛がそのことを伝え聞き、訪ねて来て詳しく物語したところによると、彼は松阪の黒田町に住んで餅屋を商いとし、赤塚六兵衛という名で男子が一人ありました。その子は幼少の頃より松阪の大商人・三井(みつい)方に奉公して、江戸の店に勤めましたが、ある年厄病に罹(かか)り、二十三歳で死んだとのことです。 六兵衛によれば、この者は常に「世に羨ましいのは伊勢の神楽衆です。願わくは、未来はその家に生まれたいものです」と云っていたそうで、宿願が叶って神楽衆・高瀬宗大夫の家に生まれたのでありましょう。
また、伊勢の山田裏口町に古着屋で裕福な川北佐助という者がいました。その甥に与三という男子がおり、堤世古町に住んでいましたが、その親の家は貧しかったため、与三は幼少より伯父の佐助の店に丁稚(でっち)として勤めていました。 佐助は子が女子のみで男子がいなかったため、与三を女子に娶(めあわ)せて家を継がせようと内々に話しており、与三は大いに悦(よろこ)んで楽しみにしていたのですが、安永五(1776)年の春、天下に流行した麻疹(はしか)に罹(かか)り、十八歳で死にました。 その後四年が過ぎて、安永八年十月に佐助の妻が男子を一人産みました。老母がその赤子を抱いて眠っていたところ、夜半と思われる頃、背後の方より四年前に死んだ与三の声で「母人、しるしは耳にあるぞ」と二声呼ばれて驚き、あたりを見ても姿は見えず、赤子の耳の輪を見ると切り込んだような傷がありました。 その傷は与三と少しも違わず、これは全く再生というべきでありましょう。
また、金沢の家中に禄は三百石で吉田平之丞という侍がおり、娘が一人おりました。容貌は美麗だったのですが左の耳の輪が無いため、二十歳になるまで婚姻を結ぶ人もなく、朝夕に身の不具を憂い嘆いていました。 その頃、八阪永福寺の地蔵尊は霊験あらたかで諸願が成就すると聞いて、常に参詣して「宿世の悪業によってこのような浅ましい身と生まれ出ましたが、どうか未来は満足な形を授け給え」と一心に祈っていました。 そうしたところ、金沢侯の長臣で奥村氏の家士、禄は四百五十石で谷沢佐助という侍がおり、この人が吉田氏の娘を嫁に欲しいと云い、陪臣(臣下の臣)に縁組することは無念ではありましたが、このような不具な女子であるため佐助の妻となりました。 その後ほどなく、その女は病に罹って遂に亡くなりましたが、最期の時まで「未来は五体満足ならしめ給え」と地蔵尊に祈り続けたことは、労(いたわ)しい婦人の情であります。 そして同じ金沢に、富永甚九郎という千五百石を領する人がおり、この人も永福寺の地蔵尊を信じて参詣していましたが、その妻が女子を一人産みました。この赤子が未だ十七夜も経たない内に、泣く声の間々に何かものを云うように聞こえるのですが、よくよく聞いてみると「左の耳はあるか、見てくれよ」と云っていたそうで。さては吉田氏の娘の再生であることが知られたのでした。
(清風道人云、寿命を終えて帰幽した霊魂が再び人間界に生まれ出て来ることについては、平田篤胤先生の『勝五郎再生記聞』を始め古今東西に数え切れないほどの伝承があり、近年ではそれを研究対象とする医師や学者も増えているようです。 #0013【「生まれ変わり」の事実(1)】>> #0014【「生まれ変わり」の事実(2)】>> 『幽界物語』中にも、丹波国に生まれた三井語子(みいのごし)が、帰幽後に仙官に登ることを望んだのですが、再度人間界に出て神祇を敬い、徳行を施すことが必要であるとして紀伊国に参澤宗哲明として生まれたこと、唐土の乾隆帝(けんりゅうてい)の時代に中国人として生まれた寒敬夫が、篤志の人に逢って道を伝えるため、日本の紀伊国に島田幸安として再び生まれたことが記されています。 #0246【『幽界物語』の研究(16) -幸安の使命-】>> #0253【『幽界物語』の研究(23) -参澤先生の入門-】>> また、身体の不具や病、早逝などについては、前世よりの罪報による業であることが清浄利仙君の御神示中に見えます。 #0261【『幽界物語』の研究(31) -茨木先生の入門-】>> #0264【『幽界物語』の研究(34) -前世の因縁-】>> ) |
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▼関連記事一覧 |
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#00285 2014.3.27
怪異実話(1) -紀州八木山の里の山神祭のこと-
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現代の常識では説明できない奇跡や怪異について記された書としては、古くは奈良時代の僧・景戒によって著わされた『日本霊異記』や、近年では柳田国男大人(うし)の『遠野物語』などが有名ですが、その柳田大人が最も影響を受けた書が、江戸時代の国学者・宮負貞雄(みやおいやすお)先生によって著わされた『奇談雑史』でした。
この『奇談雑史』は、宮負先生が
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