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#00253 2013.9.17
『幽界物語』の研究(23) -参澤先生の入門-
 
 
『幽界物語』( #0231【『幽界物語』の研究(1) -概略-】>> )より(現代語訳:清風道人)

参澤先生 :幸安より、「利仙君が私に申しますには、参澤宗哲という者はこれまで度々問条を差し越してきているが、今後は同人より入門誓約の願を差し出すように」とのことで、清浄利仙君に対して次のような入門誓書を幸安に託した。

現界紀伊国若山(和歌山)住 藤原参澤明宗哲
 小生儀(私につきましては)、幼年より神教神仙の大道を好み、其(その)道を以て諸人をも諭し申したく志願(こころざしねがい)御座候(ござそうろう)ところ、去る天保十四癸(みずのと)卯閏(うるう)没故(もっこ、帰幽)被り候(そうろう)平田大壑(たいがく)平篤胤(たいらのあつたね)先聖の門に入り、神幽の古道仙教をも相学び候ところ、この度不測の御縁にて両界出入の清玉異人に近付き、乍居(いながら)幽理の実微を伺ひ、誠に大悦の仕合(しあわ)せに御座候。何卒(なにとぞ)この上とも神仙の大道玄理を学び、諸人を救ひ善道を諭し、幽顕両界の栄えを願はしく奉り存じ候間(ころおい)、乍恐(おそれながら)今般小生儀、人間乍(ながら)も清浄利仙君を師尊と仰ぎ奉り、御門人に相成り候様に御許容被り成り度く奉り願ひ候。左候はば、無窮の大幸この上無く重畳(ちょうじょう)の有り難き仕合(しあわ)せ奉り存じ候。将亦(はたまた)就夫(それにつきて)誓約等の心得方も御座候得ば仰せお聞かせたく、この段(くだり)恐縮乍(ながら)伺ひ奉り候。頓首再拝(とんしゅさいはい、何度も額(ぬか)ずいて敬意を表します)。
   奉
   清浄利仙君 玉榻下

参澤先生 :この願書一通を幸安が赤山へ持って参り、出雲閟宮(ひきゅう)に詰めていた浄玉異童の方まで差し出して利仙君に伺ったところ、願いの趣旨をお聞きになり、現界にて清玉の前で私が入門の誓印を致せば、追って利仙君の方より私に認(したた)めて遣わす品もあるということを幸安から承った。その誓約印は、左手の人差し指を突き、墨に入れて癒すというものだった。 #0252【『幽界物語』の研究(22) -出雲の大神-】>>
 さて、その書が利仙君の御許(みもと)へ参ったと思われる頃より、俄(にわ)かに左手の人差し指に小さな腫物ができたのだが、そこがまさに誓印の場所で、幸安が幽境で誓印したのも同様の場所だった。やがてそれを破って墨に入れたところ、腫れた跡も忽(たちま)ち癒えたのだった。
 さて十一月三日、利仙君がご帰山され、その後お認(したた)め下さった品は、天神地祇諸仙万霊(てんじんちぎしょせんばんれい)と申す諸神位号一枚、青真小童君(せいしんしょうどうくん)少名彦那神一枚、大平国神君(おおくにむけしんくん、平田篤胤先生のこと)に廣岳(こうがく)山人・杉山山人(杉山僧正のこと)配列の一枚、清浄利仙君に紀法・清離両仙人配列の一枚であった。 #0141【『仙境異聞』の研究(6) -寅吉の師・杉山僧正-】>> #0233【『幽界物語』の研究(3) -幸安の師・清浄利仙君-】>>

 参澤先生の入門誓書からは、幼年の頃より神仙の道を好慕して来られた先生の純粋な歓喜と清浄利仙君に対する深い畏敬の想いが伝わって参ります。
 さらに、神仙の直弟子となるということは幽顕両界にわたる重大な結縁(けちえん)を意味し、脳中の一思念一想波の片影すらも神霊によって昭鑑されるということなりますが、「誓約等の心得方も御座候得ば仰せお聞かせたく、この段恐縮乍伺ひ奉り候」というあたりに、玄学に通じられていた先生のご覚悟のほどが窺われます。
(山中照道寿真の直弟子となった河野至道大人(うし)が、ある門人にうっかり相伝厳禁の道術を伝えた後、葛城山で大寒の水行を修せられていた時、どこからともなく照道寿真が現れ、「汝は仙家の禁戒を守らず、かつて伝えたる術をみだりに人に漏らしたるはもっての外なり」として、至道大人の行動の逐一をまるで見ていたかのように指摘して叱責され、五十日間の謹慎を申し付けられたことが『至道物語』に見えます。 #0169【神仙の存在について(7) -神仙得道の法-】>> )
 また、弟子となるために書状を書くというのは仙童寅吉も同様でしたが、ご神体となるべき諸々の御神号を利仙君が御自ら認めて賜られるという破格の扱いからも、その誠心(あかきこころ)を承諾されて子弟の契りを交わされたことが分かります。 #0136【『仙境異聞』の研究(1) -概略-】>> #0248【『幽界物語』の研究(18) -仙境の神拝-】>>

参澤先生 :私の前世のことを利仙君に伺ったところ、次のようなお答えがあった。

利仙君より答 「宗哲は仙縁厚き生まれである。元は丹波国に生まれて姓名を三井語子(みいのごし)と云い、官位もある神官の社司であったが、死して休仙(みたま)であった時、仙官に登ることを望んだのだが、今一度人界に出て神祇を敬い、徳行を施さなければ叶わないとして上官より差し止められ、紀伊国若山(和歌山)に宗哲として生まれ、神信心を致しているため、ようやく機縁を得たのである。
 今より益々この道を勤め行うならば、きっと山人まで進むことは可である。身に備わった位もあるため、何れにも昇進致す身分である。寿命は七十歳までは生きるが、命終の時に至ればこちらの方より山人を迎えに遣わすので、そのように心得ておくように申し伝える。」 #0235【『幽界物語』の研究(5) -幽界の位階-】>>

 貴き神仙の許に入門するということは、決して通り一遍の形式的なものではなく、霊的に非常に重要なことで、入門したその日から帰幽後の霊魂生活にも及ぶ顕幽一貫の運命を支配するものであることが分かります。
(上記の至道大人が、照道寿真が地仙から天仙となって昇天される前に七十二枚の霊符を授けられ、それを厳重に封印して守り袋に納めて常に身に付けていましたが、三年後に再び拝見したくなって封を開いて見たところ、三枚増えて七十五枚になっており、「ああ寿真は昇天し給いしかども、時としては我が懐(ふところ)の中まで降臨し給うかと思えば実に身の毛も立つめり」と『至道物語』に記されています。 #0166【神仙の存在について(4) -修身の妙要-】>> )
 また、「命終の時に至ればこちらの方より山人を迎えに遣わす」とありますが、これは尸解の道を成就することを意味するものと拝察されます。 #0226【尸解の玄理(5) -本真の練蛻-】>>

参澤先生 「下拙も利仙君へ入門致した上は、お前のように今後拝神の際に幽界の礼法印相を用いたいのだがどうか。」

幸安 「利仙君より、お伝え申し上げるように承っています。ただし、凡人には相伝無きようにとのことです。もちろん僧や山伏には伝えることを堅く禁じられています。蹲踞(そんきょ)印・拍掌印・拱手印・拝神印・除魔印・祭食印で、全て口伝です。」

参澤先生 「これらの印法は、仏家真言の諸印にも同じ姿のものはなく、皆少し違うのが実に奇(くすし)く尊く思われる。」

幸安 「仙境には印相が夥(おびただ)しくあり、それぞれ不測の奇瑞(きずい)があります。人間(じんかん)には伝えることができない法です。」

参澤先生 :十二月一日、利仙君より私に御名の「利」の一字を被り置かれ、「利」の下に何でも好みの字を添えるように申し伝えられたため、字(あざな)を「利信」、名を「実」と定め、「利信実道人」と唱え申すことにした。
 追ってこのことを利仙君に申し上げたところ、そのお答は「道人の文字を添えたことは差し支えることは少しもなく、至極宜しきことである。もっともこの名は幽境に対するものであるから用い方を大切に致し、現界で普通には使い申さぬように」というものであった。

 このように仙界からもたらされる重秘の神伝や道術は口伝が多く、しかも必ず門外不出ですので、一般に公開されている伝法類の多くは訛伝や偽伝であり、それらを修して霊験があったとしてもそれは禍神(まがかみ)によるもので、やがては大きな禍事に遭遇することとなります。 #0223【尸解の玄理(2) -神通は信と不信にあり-】>>
 また、たとえ真伝であったとしてもそれは適切な手続きを踏んでいない相伝ですので神々に通じるはずはなく、無免許運転の行末に、善い成果が生まれることはないでしょう。 #0244【『幽界物語』の研究(14) -神法道術-】>>
 
 
 
清風道人
カテゴリ:『幽界物語』の研究
 

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参澤先生 「お前の師・清浄利仙君はどのようなお方なのか。」

幸安 「清浄利仙君と申すお方は、仁徳天皇四十一(354)年に幽界に入られ、人間界に出られた時の名は藤原平次と申して良い官人だったのですが、薬祖神(少名彦那神)の擁護によっ
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