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#00234 2013.5.27
『幽界物語』の研究(4) -清浄利仙君の館-
 
 
『幽界物語』( #0231【『幽界物語』の研究(1) -概略-】>> )より(現代語訳:清風道人)

参澤先生 「清浄利仙君はどんな館にお住まいなのか。」

幸安 「清浄利仙君の館は板屋根で、大竹を瓦のように葺き、柱は松樹を四つ割にして造られています。地は皆瓦敷きです。家造の彩色は黒と赤の二色を用い、とても綺麗に見えました。」

参澤先生 「清浄利仙君の館に門はあるのか。館の模様はどのようなものか。」

幸安 「大門があります。冠木門(かぶきもん、冠木を渡した屋根のない門)で、上に額を掲げています。文字は幽境の篆字(てんじ、古代中国で使われた篆書体の漢字)です。また、中の御殿は四方口で、神社の広前のような造りで、その軒に皆額があり、皆篆文(てんぶん)です。屋根は皆檜皮葺(ひわだぶき)で、軒口や建て出しの所は竹葺の屋根に致しています。
 館内の柱には聨(れん、入り口に左右相対して掛けるもの)が掛けられた所が多くあり、文字は皆幽界文字です。さて、利仙君は赤山の君長で、仕えている諸仙、山人、異人、愚賓(ぐひん)は皆官人です。」 #0137【『仙境異聞』の研究(2) -山人・天狗・仙人とは?-】>>

参澤先生 「師仙君の館の広さはどうか。館中に諸官人・山人・異人・愚賓など、それぞれ一局一構の役所はあるのか。その人の側に筆・硯・帳面のような物はあるのか。」

幸安 「利仙君の館は、当地では少し狭い方です。館中には、特に役所は構えていません。奥の間まで見通せる大きな館で、数多(あまた)の人々が役目の居場所に列居しており、一局ごとに役者の前に大机を一脚ずつ置き、上に硯、箱、紙などもあります。」

参澤先生 「利仙君の館の他にも家はあるのか。」

幸安 「他に一件、檜皮葺(ひわだぶき)の家を見ましたが、若干の人物が住んでいるようです。なお、他にも建物は多くあります。」

参澤先生 「仙人の館の外は芝なのか、それとも山なのか。」

幸安 「皆山中です。しかしながら、その様子は人界の山中の様子とは違い、清く雅に見えます。」

参澤先生 「山人や異人、お前などは皆利仙君の館で住居しているのか。」

幸安 「そうではありません。これらの官人は皆イホリと申してそれぞれの居宅があります。皆檜皮葺(ひわだぶき)です。私は去年来、浄玉(じょうぎょく)と同宅でしたが、今その家は浄玉の家になっています。利仙君の許へ当番に詰め、退去後は自宅にいます。定まった休日があり、その日は非番です。」

参澤先生 「仙人の館の屋上には千木(ちぎ)があるのか。」

幸安 「全て屋根には千木に似た物があります。人間(じんかん)の神社の千木はこれに倣った物と承っています。」

 「幽界」や「仙境」などといえば、何か現実からかけ離れた夢幻的な界のように考えてしまうのは次元を隔てた認識上の錯覚で、人間の五官の認識圏にある現界だけが確実性のある世界だと過信しているからのことでしょう。 #0023【この世界だけがすべてではない】>>
 古来より幽顕交通者によってもたらされた情報によると、幽界にも現界と同じような山川草木があることが多く伝えられていますが、この清浄利仙君が主宰される「赤山」と呼ばれる仙境には建築物や机、硯、箱、紙などもあり、また「仙人」といっても透明人間に着物を着せたような存在ではないことが分かります。 #0155【『仙境異聞』の研究(20) -幽界の謎-】>> #0156【『仙境異聞』の研究(21) -地球上の異界-】>>
 明治から昭和にかけて活躍された国学者・物集高見(もずめたかみ)先生の資料によれば、仁明天皇の承和7(841)年に阿波神の神院(現在の三嶋大社)が造営された際、海上に幽宮が出現して旬日の間諸人が望見したとされ、また後宇多天皇の弘安4(1282)年6月9日には、信濃国・浅間山上空に幽宮が現出して黄金の雲がかかり、後村上天皇の正平17(1363)年2月には琵琶湖の湖水が干上がり、白髭明神の前の沖に瑠璃色(紫色を帯びた濃い青色)の柱が並んで反橋が浮かび、竹生島に連なる龍宮が見えて諸人が見物したとされています。
 これらのことより、あらゆる場所に幽境が存在していることが分かりますが、太古の昔は現代よりも大気や自然環境、さらに人の心も素直で、幽顕も未だ近かったことを表しているといえるでしょう。

参澤先生 「清浄利仙君のご使者の生き物は何々なのか。また、現界の生き物を献上することもできるのか。」

幸安 「赤山御殿のお庭に畳一枚ほどの池があり、そこに亀と鯉がいます。亀と鯉が利仙君の使者です。鯉は昔利仙君が人界に在った時、鯉の勢いを見て愛でられたという縁があります。 #0233【『幽界物語』の研究(3) -幸安の師・清浄利仙君-】>>
 亀が利仙君の許へ至る時は、酒を与え給うことなどがあります。また、現界の生類を幽界へ贈っても幽界の生類を人界に連れ参っても、長くは育ちません。」

参澤先生 「庭に築山や造樹などはあるのか。また、果物や草木の花を奉ることはできるのか。」

幸安 「築山や造樹などのことはありません。自然に生えた木を綺麗に手入れします。果物は現界にあるほどの品は大体ありますので、差し上げても嬉しくはありません。私も菊の花を利仙君に献じたことがありますが、ご覧になるだけで人間(じんかん)のように活けて置くなどのことはありません。」

参澤先生 「その花は枯れてしぼんだりするのか。」

幸安 「枯れてしぼむに従い、消え失せて無くなります。」

 現界よりも遥かに清浄な仙境においては、枯れてしぼんだ花は穢物であるため、速やかに質分子、質原子に還元するものと考えられますが、神仙によって現界から持ち去られた尸解仙の遺体も、同様に速やかに消失するものと思われます。 #0211【神道宇宙観略説(2) -天体の成立-】>> #0226【尸解の玄理(5) -本真の練蛻-】>>
 
 
 
清風道人
カテゴリ:『幽界物語』の研究
 

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