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#00490 2017.8.20
扶桑皇典(20) -神祭-
 
 
 先輩の説に、天下の国土・人民は、実は天照大御神の御物(ぎょぶつ)にして、天孫はそれを治め給ふ御職なれば、天下の事は自然に、神事を以て第一とせらるゝ事なり。 #0477【扶桑皇典(7) -天孫の降臨・上-】>> #0478【扶桑皇典(8) -天孫の降臨・中-】>> #0479【扶桑皇典(9) -天孫の降臨・下-】>>
 然れば、上世は天皇御自身に神事を行はせられて、国民の安穏を祈らせ給ひ、毎年六月と十二月の晦日(みそか)には、国民の禍事(まがこと)罪穢れを祓ひ給はん為に、大祓といふ神事をも行はせられて、参集せる諸人にも、その詞(ことば)を読み聞かせ給ひし事なり。今の大祓詞(おおはらえのことば)といふはそれなり(『玉襷(たまだすき)』)。 #0200【清明伝(3) -大祓祭の意義-】>>

 然れば、神事を荘厳にして神慮を慰(なご)め奉るは、古来の国民の心にて、紀伊国熊野の祭には、花ある時は花を以て祭り、鼓打ち、笛吹き、幡旗(はた)立て、歌ひ舞ひて祭る事なり。
 佐藤信淵(のぶひろ)の説に、「予(よ)、遊歴中、諸国にて田舎祭を観たるに、極めて快哉愉楽、大噪にして、老若男女、皆我が身を忘れて歓呼(かんこ)舞踊する事、恰(あたか)も狂せるが如くなりき」といひ、また諸国諸村には産土神の社あれば、必ずその社の祭礼ありて、その祭礼には必ず神を勇め奉る所作として、氏子皆悉(ことごと)く歓呼舞踊して楽を極めたり。

 然れば、祭礼には神主等、祝詞を読み終れば、氏子は神輿を昇り出し、大勢群集して前後左右を囲繞(いじょう)し、法螺(ほら)を吹き立て、鐘・太鼓・桶・鉢などを打ち鳴らし、大噪して歌ひ舞ひ、歓呼の声、天地を震動して、郷里を巡行すべし。
 かくする時は、神も大いに勇み立ちて楽しみ給ひて、彊(かどり)なく、吉祥を降し給ひ、氏子もまた皆大いに賞与して歓び勇むべし。万人の遣悶は、この神事より妙なるはなし。
 不昧軒(ふまいけん)翁(佐藤信景先生)いふ、「凡そ田舎祭の極意は、その所の民心を産土神に糾縛(きゅうばく)して、その郷に綁着(ほうちゃく)さする霊法なり。故に神事の閙(とう)なる里に生まれたる人は、生涯その故郷を恋慕して、離るゝ事能(あた)はざる者なり」と、知言といふべし(『農政本論』)。
 然れば、田舎祭は氏子を氏神に結び付くる霊法なりとは、世に珍しき解説なれども、既に国民に氏神・氏子の称ありて、氏神は氏親として祀られてあれば、その氏子の散亡を予防すべき目的の為には、祭礼を荘厳にするのみに止まらず、その祭礼には祭神に因縁のある事をも用ひ、或はその地の習俗の行事を加ふるなどの事も有るべし。 #0486【扶桑皇典(16) -産土神及び氏神・上-】>> #0487【扶桑皇典(17) -産土神及び氏神・下-】>>

 今、次に二、三の田舎祭を述べて、その大概を知らしむべし。
 紀伊国海草郡上和佐村の丹生(にう)明神の笑祭(わらいまつり)といふ御祭礼は、毎年十月初の卯日なるが、この日には、名産の柿、蜜柑などを一個ずつ貫きたる竹串数十本を、一斗入の升の中に挿し、真中には御幣(ごへい)を立てたるを、その里の長老捧げ持ち、また同じやうに一斗入の升に挿したるを、次の人捧げ持ちて、幾組ともなく立ち続き、最後には長き竹竿の梢に種々の果物を刺し連ね、中間には御幣立てたるを高く捧げたる童部(わらわべ)、幾組ともなく従ひ行きて、その童部の次第に神前に至れる時、長老一声、「笑へ」と号令すれば、皆一斉に笑ふ。
 その笑ふ故は、この明神の、或る年の十月、出雲の大社に参集し給ふに、その期に遅れ給ひしかば、その事を笑ふなりといふ(『紀伊国名所図会』)。 #0252【『幽界物語』の研究(22) -出雲の大神-】>>

 また、京都の祇園社に、毎年十二月晦日の夜、削懸(きりがけ)といふ神事あり。この夜、参詣の貴賤は、通り違ひに、互ひに悪口雑言(あっこうぞうごん)して罵り合ふ事なり。闇中の事にて、誰を相手ともなければ、棒千切木(ぼうちぎりき)の沙汰もなく、唯、詞(ことば)戦ひのみなり。
 然れども、言ひ負くれば凶事あり、言ひ勝てば吉事ありとて、我遅れじと競ひたちて争ふ事なりといふ(『本朝俗諺志(ほんちょうぞくげんし)』)。

 また、出羽国大泥村に、毎年四月八日、芝祭といふ事あり。何神の祭にか、その日は一山四十八寺の山伏、社辺の大きなる池の側に来(きた)りて、咒文を唱へて祈る事ありて、祈り終る時には、傍の芝、四、五尺ばかり、自ら裂けて、池の水上に浮かび漂ふ。これをその地の人は、芝舟と呼べり。
 この時、山伏ども、声々に「寛々(ゆるゆる)と遊び給へ」といへば、暫くためらふ。さて、程もなく本(もと)の所に漂ひ還りて、地に愈(い)えつく事、実に不思議なりといふ(『諸国里人談』)。

 また、美濃国武儀(むぎ)郡、須原神社の祭礼は、毎年十一月晦日にて、この祭儀には神憑(かむがかり)と為る神人ありて、その神人を勤むる人は、前より久しく潔斎して、祭日にもなれば河に入りて、垢離(こり)を取る事七十五度、その間も極めて神々しきに、垢離をはりて祭場に立ち、榊の枝を執りて神拝して、神迎へといふ神歌を歌ふと共に、忽ち一陣の風吹き起りて、既に夢中になれる神人を空中に引き上げんとする程に、傍に居る数多(あまた)の人は、袖に縋(すが)り、裾を押さへなどして引き止めんとするに、神人の全身震ひ出でゝ、榊の葉も振り落とすばかりなりといふ。
 往年、この神人を引き止むる事能(あた)はずして、終に空中に引き上げられたる事もありといふ(『想山著聞集』)。
 
 
 
清風道人
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