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#00320 2014.10.21
『異境備忘録』の研究(5) -玄丹大霊寿真人-
 
 
「川丹(せんたん)先生は一名・玄丹(げんたん)大霊寿真人(たいれいじゅしんじん)と云ふ。本(もと)の産(うまれ)は朝鮮国と云ふ。神仙界にて尊き位に坐(ま)すなり。年齢は明治元年まで二千十六年になりぬと云ふ。容貌は三十四、五歳に見えたり。支那国の仙界中督吏官・許真君(きょしんくん)によく似たり。故に見まがふ事あり。」『異境備忘録』

 高山寅吉や島田幸安も来迎の「仙」に伴われて仙境に至ったように、幽顕往来が原則としてしかるべき神仙またはその使者の来迎を得て行われたことは古来よりの幽顕交通者に共通しており、それは水位先生も例外ではなく、その内で最も多く水位先生を導かれたのは川丹先生でした。 #0232【『幽界物語』の研究(2) -幸安の幽顕往来-】>>
 その川丹先生もまた、寅吉を仙境へ伴った杉山僧正や幸安を指導された清浄利仙君と同様に一度人間を経験して登仙を果たされた神仙で、明治元年で二千十六歳ということは、第九代・開化天皇の御宇十(紀元前百四十八)年に神化の道を成就して神仙界へ入られたということになります。 #0222【尸解の玄理(1) -神化の道-】>> #0233【『幽界物語』の研究(3) -幸安の師・清浄利仙君-】>>
 また、「支那国の仙界中督吏官・許真君によく似たり。故に見まがふ事あり」とあるように、水位先生はこの時既に支那仙界に往来され、許真君に面会されていたことが分かります。
(許真君は東晋時代(317~419年) の著名な道士で、伝承によれば、彼は百三十五歳の時に「仙眷四十二口、同時白日拔宅飛升天、雞犬亦随(仙人一家四十二人を引き連れ、同時に白日に家を抜けて昇天し、鶏や犬もそれに随った)」とされています。 #0263【『幽界物語』の研究(33) -寿命について-】>> )

「川丹先生の用向ありて一つの界に赴き給ふ時に、伴はれて行きたる事あり。その界の名は今は忘れたり。大川の東方に流れ長堤のある所に始めて降りたるに、北方は大川、南方は堤なり。この堤を歩する事二里(約8km)ばかりにして藁葺の人家ある所に出たり。男女共に皆面貌は美麗なれども現界にて見る非人乞食の状(さま)をして、腰には小さき緒を結び、多く股まで露(あらわ)したり。この所一つの区域をなす。
 こゝを東に過ぎる事一里ばかりにして黒色の家ありて商家の状をなす。又、こゝを過ぎる事八丁(約872m)ばかりにして山あり、宮殿並び立ちたり。支那服に似たる仕立てに黒衣を着し、男女共に太刀を佩(は)きたり。この山の入口に黒き大門あり、内に入れば左右に大なる家あり。こゝを一丁ばかり右の方と思(おぼ)しき所に黒き塀(へい)十二重高く聳(そび)えたり。私(ひそか)に内を窺ふに、黒き大なる柱を数十組み上げたり。この所はこの界の刑法場と云ふ。
 こゝを過ぎれば南は大山東に連なり、北は大川を隔て砂漠を見る。山麓に添ひ東に行く事二十丁ばかりにして、北の川岸に折曲すれば渡し舟数十あり。舟の舳(へさき)に四歳ばかりの童子を載せて居(す)ゑたり。この川渡り、大なる浪(なみ)逆立ち大渦の巻きたる所数を知らず。
 川丹先生云ふ、「汝はこゝの舟に乗る事なかれ。最も危き所なれば、こゝを一丁ばかり東に行く時は十丁位なる小山あり。この山の半(なか)ばを北に向ひ下れば川渡しに出るなり。又、小山に至る際に道二つあり。左の道を行く時は大なる家あり。その家より役員出来れば事難し。依りて竊(ひそか)に右の道より山に登るべし」と宣ひて、先生は舟に乗り、別れて行くほどに、道を取り違へて件(くだん)の大なる家の門に行き当たれり。
 この門前を遮り山麓にかゝりけるに、後より棒を持たる人二十ばかり追ひ来りけるに、一生懸命足に任せて行くほどに、この山は巌岨(がんそ)にして大樹茂り、種々の獣類、大なるは牛の如くなる兎の如くなるものゝ数十往来して、その恐ろしさ云はん方なし。
 山半ばに至りて日既に暮方になり、追ひ来る人も近くなり、こゝより北に下れば即ち川渡しに出たり。川上には筏(いかだ)を組みて、水面穏(おだやか)なり。この筏を踏みて渡る事六丁ばかりにして大なる川原に出て後を見れば、かの追ひ来る人はどこへ行きたるか見えず。又、川丹先生も来り給はず。
 この川原を北に向ひて行くに、小高き所に松の林あり。こゝを過ぎれば又人家数十あり。その人家の並びたる中には学校に似たる所ありて、童子ども数多(あまた)もの学ぶ状の見えたり。こゝを又北に過ぎるに、川原にして墓所と思(おぼ)しき物の累々(えいえい)として連なりたるが幾千と云ふを知らず。こゝにて日已(すで)に没したり。
 又、こゝを過ぎて行くほどに向(むこう)より六人現世の巡査の如きが来りて我を捕縛せんとするにぞ、いと心細くなりて大音を出して川丹先生を呼(よば)はりたるに、六人の者少し躊躇(ためら)ふ状の見えたるに、又「川丹先生」と呼はりたれば、六人の者、「川丹先生と云ふは神集岳中の尊官なり」と云ひて六人咄(はな)しけるに、西の方より数十の燈火(ともしび)の見えけるに、追々に近くなりて、川丹先生五十人ばかりの者を率ゐ給ひて来り給ふに、六人の者は地上に平伏したり。この時、蘇りたる心地をぞなしける。
 川丹先生の云ふ、「この者を一人この界に放ちたりしは我が失策なり、廻察員(かいさついん)大儀なり」と宣へば、六人の者は、「大(おおい)に御無礼を仕(つかまつ)りたり」とてそこを退きたるに、又五十人の者に向ひ「送員大儀」と申し給へば、西の方へ皆々帰りたり。これよりこの所を立ちてその夜半頃に送り帰し給ふ。」『異境備忘録』

 神集岳の神官といえばその他の幽境から見れば恐れ多い尊官であり、この水位先生の実体験も川丹先生の御位地を窺うに足り得るものといえるでしょう。 #0319【『異境備忘録』の研究(4) -幽界の大都-】>>
 水位先生の伝承によれば、川丹先生は元は神集岳において水位先生と同官同位でしたが、水位先生が謫仙として人間界へ派遣されている間に位階も進み、神仙界の刑法所に相当する退妖館(たいようかん)中の員列三十六等紫上の中位という位階で、大霊寿真人の初階よりは二十七階ほどの上位に在り、神集岳においても名誉ある御存在であることが伝えられています。 #0318【『異境備忘録』の研究(3) -父子二代の神通-】>>
 
 
 
清風道人
カテゴリ:『異境備忘録』の研究
 

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