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#00216 2013.2.10 |
神道宇宙観略説(7) -人は分霊神-
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この「神道宇宙観略説」は、中山神社宮司・美甘政和(みかもまさとも)先生が大正5年に脱稿された著述です。美甘先生は、明治~大正時代における神道界の重鎮・宮地厳夫先生とも親しく交流をもたれた国学者でした。(編集及び現代語訳:清風道人)
我が国の神伝によれば、神というものにも尊卑上下の別があり、主権君位に坐(ま)す神と臣位の神、造化御分担の神と、それぞれ別神に坐すのであります。 #0105【主権君位の神】>> #0106【神々の社会】>> さらに前に述べたように、神代の神等には化生の神と胎生の神があり、化生神は即化の御出顕で、特に幽顕出没自在に坐すのですが、これはその御神体が純幽質によって成り給える所以(ゆえん)であります。そして、人も幽界に入れば同じく霊体が備わっており、幽界中の神業に従事するものと窺われるのです。 #0049【化生神と胎生神】>> #0215【神道宇宙観略説(6) -幽質と顕質-】>>
これらのことを初めて聞く人にとっては、奇談とも怪説とも思われることでしょうが、それは神代のみならず、今日の眼前にも奇談というべきものがあることに誰も気付かないだけのことであります。 まず、人の身体が十月十日の間に母胎内で整えられるのは何物によるかといえば、全く神術という他は無く、よくよく考えれば考えるほど奇談であります。しかし、人がこの奇談を別に不思議とも思わないのは、常に見慣れ聞き慣れしているためで、もしこれが眼前に俄(にわ)かに出現したのであれば驚いて卒倒するほどのことですが、十月十日かかって次第に出来るのと、数千年来見慣れ聞き慣れしてきたことによって驚かないまでのことで、たとえ即化化生でなくとも奇事であることは同じです。 #0054【火神の変化無量の霊徳】>> その他、日々食して生命を全うするところの第一の食物である米麦の類に至っては、ただ一粒の稲を蒔いて秋期に至れば、その一粒は数百の米粒に変化するのです。しかし、これをも不思議とも何とも思わないのは、やはり常のこととなって珍しくないからで、これが神代のように即化し、眼前で一時に一粒が数百にでもなればそれこそ一大事ですが、春から秋の間にしだいに出来るので奇事とは思わないのであります。
このように、顕界において出来るものは重濁なる物質を以て造化されますので、全て順化のものですが、神代の神等は精々なる幽質を以て造化させ給えるために、何物でも全て神意のままに即化するのであります。これは幽質と顕質との物質性が違うからのことで、奇事という点においては即化も順化も違いありません。 #0077【即化の神術】>>
また、参考のために再度考究したいと思いますが、それは西洋人が著わした進化論中の「人類なるものは太古の下等動物である猿類が進化したものである」という説を信じる人が多くあるということについてです。これらの説を信じる人は通常の俗人より却って多少学問のある人々に多いのですが、これは日本人たる品位を自ら卑しめるもので、先天的固有の大和魂に大反対の説であります。一度この猿人論を迷信した人は、容易にこの説から離脱することは困難ですが、我が神代の神伝を深く研究すれば、明らかにこの妄説を退けられるのです。 #0093【世界太古伝実話(2) -古伝と神話-】>> #0212【神道宇宙観略説(3) -神代から人代へ-】>>
我が神典によれば、人類の始祖は神代第二期中に生まれた八百万神で、伊邪那岐神、伊邪那美神の生ませられた神胤であり、人身霊体の組織も子々孫々今日に至るまで継承しているのであります。 #0059【人類の祖先は本当に猿類か?】>> それに対して他の禽獣虫魚は、神代第三期に至り、地球の地軸が傾斜した後、保食神(うけもちのかみ)よりその始祖が生まれたのですから、いかにしても人に変化することはできません。諸外国には神代の正伝が無いため、猿人論のような妄説を信じるのですが、外国の人といえども太古にさかのぼれば皆神代の国津神の神孫でない人はいませんので、実に人類は全て伊邪那岐神、伊邪那美神の同胞であります。 #0073【鳥獣魚類及び穀物の原種の発生】>>
さらにいえば、人類を始め、他の動植物も天地間に生々化育するためには食を要しますが、その食について考えても、人間の食物は動植物が己の身体を犠牲に供して人類に貢献するものであります。そして、その人の食物となるべき動植物にもまた食物が必要ですが、禽獣虫魚の食は植物より取る他は弱肉強食で同じ動物を食とし、また植物は土砂鉱物その他肥料より食を得るのであります。つまり、人類のみが動植物をその好みに従ってこれを常食とし、動植物は自己を犠牲として食料となり、恨みも無く安んじてその義務を勤めていることが分かります。 #0075【伊勢外宮に鎮まります豊宇気大神】>>
これによって考えると、猿が人に変化したというのは甚だしい妄説ではありますが、人体なるものを食によって維持するということは、動植物の肉体の物質が人の肉体に変化するのであり、食の連鎖によって生物の一切が次々と人の肉体に変化しつつあることは眼前に見えるところで、誰もこれを疑う人はいないでしょう。つまり、動物も植物も人類に対して大義務を勤めるもので、これは即ち神代において、これらのものを青人草即ち人類の食物と定め置き給える神慮の畏(かしこ)きことを拝察し奉るべきでありましょう。 #0074【衣食の道、開かれる】>>
人類は顕界のみに止まらず、肉体という型を離れて幽界に帰した後も神等に従事して天地発展の大業を補佐し奉るべき大義務があるために、このような特愛の神恩を受けるものと窺われますが、それは神代の神等よりその体を継承した神孫であるためでもあります。そういう意味では、人が顕界に生まれるのは、分霊分担の法則に従って分霊神を多く造化し給う神慮に出ずるもので、この地球は全く分霊神を造化し給う福田ともいうべきものであり、霊魂鍛錬の試験場といえるのであります。 #0021【悪念妄想の正体(3)】>> #0211【神道宇宙観略説(2) -天体の成立-】>> |
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カテゴリ:神道宇宙観略説 |
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