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#00683 2020.11.3 |
宮地神仙道修真秘訣(9) -神僊霊感使魂法訣-
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前篇に於て先師御遺稿たる『玄道或問』を根底として魂魄玄妙の要意を編述し、修練法の基本観念を明らかにしたが、本篇に於ては霊感術の要法たる使魂法に関する秘書『神僊霊感使魂法訣』の全文を謹載して直ちに実行道たる宮地神仙道の端的に触れることに致したい。 『神僊霊感使魂法訣』は既刊『宮地神仙道要義』中に謹載した『霊胎凝結口伝』と共に玄道の至要を講伝された双璧の道書で、活眼の道士はこの二書により自ずからにして修真の蘊奥(うんおう)を会得されねばならぬ筈である。 #0663【宮地神仙道要義(13) -霊胎凝結口伝(1)-】>> ~ #0669【宮地神仙道要義(19) -霊胎凝結口伝(7)-】>>
殊にこの使魂法訣は、先師が天賦の英資を以て数千巻の道書仙経を読破せられ、諸仙経に漏脱せられたる真法陰秘の妙訣を捜(さぐ)り、親しく神真師仙の直授(じきじゅ)を以て竟(つい)にこの一巻を編せられたもので、以て神仙の極秘とする所、仙名ある者に非ざれば軽授すべからざるものなることを特筆して居られるほどである。 殊に先師が法験実証を経られたる御体験の相伝書たる点に絶類の権威を有するものたることを銘記せられたいと思ふ。羊頭を掲げて狗肉を鬻(ひさ)ぐ偽仙偽道士の輩の妄誕になるものとは断然類を異にしてゐるので、以て冠を弾じ衣を拂ふとはかゝる場合を限定する用語である。 正に千古難値の道福と謂ふべく、拝跪(はいき)巻を戴きて先師の恩頼(みたまのふゆ)に頂礼し発奮を新たにすべきであると信ずる。尚本篇の原文は漢文体で認(したた)められたものであるが、例により和訳文として謹載した次第である。
(本篇の和訳本なるものが往年某所で有耶無耶(うやむや)刊行されて一部の求道者の手に渡ってゐる様であるが、その訳文なるものを一見して余(よ)は抱腹絶倒を禁ずる能(あた)はざるものがあった。この訳者は恐らく『道蔵』には全然接触したこともない全くの素人であるに相違ない。加ふるに漢文に対する知識が貧困であることは、中学生の答案の様な訳文調を一見して判明する。 一例を挙げると原文中の「道術諸経所思存念作可以却悪防身者乃有数千法」を「道術諸経は所思存念の作云々」と訳してのけてゐるのには流石に噴飯(ふんぱん)した。「所思存念の作」とはこれ如何。道術諸経といふ本を所思存念といふ人が作ったとでも考へてゐるのであらうか、然らずんば所思存念の作とは一体どういふ作り方をしたといふのであらうか。 同様の誤訳は随所にある。かういふ訳本を笈底(きゅうてい)に蔵して有難がってゐる求道者の心理こそ不可解千万であるが、これでは成る程玄学を学ぶの業(わざ)も容易の感を為すべからずであらう。水位先生のものせられた漢文が非常に和訳し辛い一種独特の漢文体であるといふことは余と雖(いえど)も同感であるが、前記の如きは純然たる支那人の文章で正確なる文法に基いた典型的な漢文である。 これは、「道術の諸経には、思存し念作りて、以て悪を却(しりぞ)け身を防ぐ可き所の者、乃ち数千法あり」と読むべきである。道経の入門書たる『抱朴子』すら染指してゐない連中がいきなり神仙道の大先生を気取り出すので始末が悪いのである。)
因みに『神僊霊感使魂法訣』中の或る種のものには五岳真形図や特殊の霊符を必要とするものがあり、かういふ部門になると正に水位先生の独壇場で、先師の秘められた貴重資料に就ては他日同信同行の士と共に研究の席を同じくしたい念願である。 いくら斯道(しどう)昂揚のためとはいへ、市井(しせい)の三文小説本よりも低廉(ていれん)な頒価(はんか)で入手した本書に五岳真形図が挿入してないからといって御不満な方があらうとは考へられない。もしあれば気狂ひである。すべてのものには限度といふものがあり、かうした霊的事情を逸脱するのを泄宝(せつほう)といふ。 #0325【『異境備忘録』の研究(10) -諸真形図-】>> #0565【混沌五岳真形図説(13) -有道の士これを受持す-】>>
さればといって、神界に対する儀礼などゝ称して濫りに多額の束修料を徴収することに藉口(しゃこう)して渡世の手段と為すが如きに至っては論外の沙汰で、この信条とやらで行けば結局金銭に豊かならざる者は道縁が無いといふ結論となり、元来財産とは縁の乏しい修道士は道縁にも乏しいといふ事になるが、神仙道とは果してさうしたものであらうか。 畢竟(ひっきょう)、人生意気に感ずといふが、神仙の道も道念道骨を以て意気に感じ、肝膽(かんたん)相照らしてこそ同信同行の士と称すべきで、金縁即ちこれ道縁ではそれこそ神界に対する儀礼が立つまいと思はれる。
尚、本篇には先師の秘稿たる『神仙真録』及び『神仙感想篇』の要文を抄出して参照に資したい予定であったが、感ずるところあって他日適当の機会を以て「宮地文庫刊行会」より同信の士と認められるべき御方へ御覧を願ふべき方法を研究することにした。 『宮地神仙道要義』発行後、決定的な或る種の逆気流を発見した結論に基づく処置で、全く油断も隙もなり難い斯界(しかい)の真相は正に百鬼夜行といふ図であらう。謹みて師仙水位先生の御啓導を祈り奉る次第である。 |
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カテゴリ:宮地神仙道修真秘訣 |
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▼関連記事一覧 |
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#00669 2020.8.11
宮地神仙道要義(19) -霊胎凝結口伝(7)-
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天地の長久・日月の運転するも、その子細を推し究め見る時は別の事はなしこの無心より出るの外はあらず(天地はその無心を得て万物を生じ、日月もその無心を受けて六合(りくごう)に照徹し盡(つき)る事なく、万年以前の天地日月も今日の天地日月も異なる事なきは無心の神気によるのみ)。 只の無心(只の無心とは無感無用なる物をさして云ふ)と云ひてあなどり天理
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カテゴリ:宮地神仙道要義 |
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#00663 2020.7.6
宮地神仙道要義(13) -霊胎凝結口伝(1)-
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(清風道人云、この宮地水位先生御草稿の『霊胎凝結口伝』は文意の難解な箇所も多く存しますが、清水南岳先生が申された通り「言ふべくして言ふべからず、説くべくして説くべからざる究極の玄理を、以心伝心的に説演せんとして居られる言外の言意、文裏の文旨に至っては、文字の妙法を超越して殆ど霊感的に感得すべきもので、希(ねが)はくば至誠敬拝入魂精読、直ちに天窓
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#00565 2018.11.24
混沌五岳真形図説(13) -有道の士これを受持す-
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「得之不正者招患害呼殃夭此道有信与不信而所禍福之関不可軽也(コレヲ得ルモ正シカラザル者ハ患害ヲ招キ殃夭(おうよう)ヲ招カム。コノ道、信ト不信トニ有リ。禍福ノ関ハル所、軽ンズベカザルナリ。)」
『抱朴子(ほうぼくし)』に「古人僊官至人、コノ道ヲ尊秘シ僊名有ル者ニ非ザレバ授クベカラザルナリ」とある如く、五岳真形図の授受は本来は霊信之位に至れる
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#00325 2014.11.21
『異境備忘録』の研究(10) -諸真形図-
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「明治十年一月二十九日黎明、小童君に伴はれて神集岳大永宮に至る。午十二時頃、要用万事済みて帰る時、川丹先生の室に入らせ給ふ。この時、諸々の真形図(しんぎょうず)を拝見す。その図各々左の如し。 風元山真形図。游岳真形図。天関界図。冠長山真形図。河岳八元図。元都玉京山紫蘭真形図。浮根人長山真形図。玉宝五元真形図。混沌七化真形図。集霊山真形図。八会
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