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#00434 2016.9.11
『本朝神仙記伝』の研究(52) -於竹女仙・於松女仙-
 
 
 於竹(おたけ)女仙は、世に於竹大日如来と称す。何処(いずこ)の産(うまれ)にて何人(なんびと)の女(むすめ)なることを詳らかにせず。故にその姓氏もまた知るに由(よし)無し。
 明正(めいしょう)天皇の寛永年間のことゝか、江戸の大伝馬町に佐久間勘解由(かげゆ)と云へる豪家あり。於竹は元この家の卑女(はしため)なりしが、天性慈悲の心深く、善事を思ふの外(ほか)他念無くして、朝夕の食物の如きも、我食ふべき分は取り除(の)けおきて乞食に施し、その身は主家の人々食ひ余したるもの、または朝夕米洗ふ流しの隅に細布を張り置き、残飯を拾ひてこれを食とし、常に称名(しょうみょう、仏・菩薩の名を称えて唱えること)怠ること無かりしとぞ。

 於竹、ある時頓死して息絶へけれども、身温かにして冷えざりければ、直ちには葬らで、人々打ち守り居(おり)たるに、間(ほど)経て遂に蘇生(よみがえ)りたり。
 「冥土の状(さま)は如何にありつるや」と問へば、「我、何処ともなく広き野原を行きてありしに、光明照り輝ける黄金の宮殿あり、そこに仏坐しまして、『これは汝が来るべき䑓(うてな)なり』と示し給へりと覚えしが、間無く夢の醒めたる心地して蘇生りぬ」と答へけるとぞ。

 於竹、この後も仁慈善行少しも怠り無かりけるが、その頃武蔵国比企郡に一人の行者ありけり。この行者、出羽国なる湯殿山に参籠して、「生身(しょうしん)の大日如来を拝し奉ることを得せしめ給へ」と、一心を凝らして祈誓しけるに、ある夜、夢に冥府に入りて金塔を拝む。
 その塔中、只座光のみありて本尊無し。行者不審に思ひて、傍らなる僧に向ひその故を問ふ。僧答へて、「これは即ち大日如来の塔なり。本尊は今、人間に交はり給ふ。汝知らずや、武州伝馬町・佐久間が家の卑女にて、名を竹と呼ぶ者これなり」と云ふを聞きて、夢忽ち醒めぬ。

 行者、奇異の思ひを為し、下山して江戸に至り、かの家を訪ねて竹女に逢ひけるに、果たして凡庸ならぬ女なりければ、湯殿山の霊夢のこと等物語りて竹女を拝みける。
 佐久間が家にもこれを聞き、且つ前の頓死の時のこと等思ひ合せて殊に尊がり、却て於竹を主人の如くに敬ひければ、その由(よし)忽ち遠近に伝へて、日々に拝みに来る者引きも切らずなりけり。於竹はこの状(さま)を見て、何処ともなく出去りけるが、遂に行方知らずなりけるとぞ。

 然るに、於竹が常に働きし流しの水板より光明を放ちければ、これまた世間の噂となりて、多くの人々訪ね来(きた)り、その板を切り取るにぞ、家主・佐久間勘解由、須藤何某と相謀りて、芝増上寺の山内なる心光院に納めけるが、遂に徳川将軍・家綱の生母・桂昌院もその板を一覧ありて、甚(いた)く感激せられ、袋と箱とを寄付せられけるとぞ。
 また、佐久間の親族なる駒込何某は、殊に大日如来の像を造らしめて、湯殿山の黄金堂に納めぬ。これを世に於竹大日如来と称しけるとかや。

 その後、佐久間が家の隣に住めりし者、湯殿山に詣でけるに、図らずも於竹に遇ひけり。於竹その者に云ひけるは、「我は慈悲善行の徳に依りて、今は安養世界に住めり。各々も必ず称名怠らず、また他を恵みて慈善の心を忘れ給ふな」と云ふかと見えしが、忽ち掻き消す如くに失せけるとぞ。
 このこと当時は演劇等にも物して、世にも普く知られけるが、その後、数多(あまた)の歳月を経るに随ひ、遂には一つの昔語りとなりてありぬ。

 然るに、明治三年に至りて、上野国(こうずけのくに)群馬郡前橋の藩士・富田政清が女(むすめ)・春女と云へるが、十三歳にて同地城内の鎮座なる長壁(おさかべ)神社、祭神・木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)に召されて、屡(しばしば)幽境に通ひけるに、その年の閏十月十日のことゝか、春女いつもの如く召されてかの境に侍らひけるに、この大神の侍女、数多ある中の一人、春女に向ひて云ひけるは、「我は世俗に於竹大日如来と云はるゝ者なるが、世に在りし時の善行に因りて、今はかく大神に仕へ奉ることを得て、名を於竹だいじんと賜り、大神の御恵みに因りて、何の足らはぬことも無く、安らかに楽しみ居て、辱(かたじけな)きことなり」と云ひけるとぞ。
 然れば、於竹女仙は仙去の後、幽境に在りては木花開耶姫命に仕へ奉りて、女仙の班に列(つら)なりしものと見えたり。

 因みに云ふ、この時、傍らなる今一人の侍女、これもまた春女に向ひて、「我は名を於松と云ひて、御家の御隠居等にはよく知られたる者なるが、今はかく大神に仕へ奉りて、この程より御家へも度々大神の御使に参りたり」と云ひけるを、この侍女の御隠居と指せるは、全く春女の祖父に景山と云ひて、その頃七十八歳なりし老人のありけるを云へるなれば、帰りてその由を語りけるに、老人これに答へて、「いかにも我若かりし時、於松と云ひて、極めて正直なる女の、よく我が家に出入りしたるがありけり。その後如何(いかん)なりけん知らざりしを、今思へば、それなるにや」と云ひしとぞ。
 然れば、慈悲深き者、正直なる者ども、その功徳を積みたらむ後は、皆この世を去りて幽境に入り、縁有る神仙に仕へ奉り、各々その分に応じたる仙位を得て、永くかの界の歓楽を受くると見えたり。

 厳夫云、本伝は『武江(ぶこう)年表』、『三縁山志』、『新著聞集』、『富田氏記聞』等を参集してこゝに載せたり。(中略)
 因みに云ふ、当時東陽堂の発行に係る『風俗画報』に、「この佐久間の墓は元増上寺の塔中心光院にありしが、かの寺、赤羽に移りし頃にや、浅草の善徳寺に引けたり。かの家の水盥(みずたらい)は今も心光院に納めてありとかや」とあるに依れば、心光院はその後移りて、所を赤羽に転じたれども、かの水板は伝はりて、今猶現存すると見えたり。(中略)

 然るに、この於竹女仙の生涯の行ひを見るに、唯慈悲と称名との外無く、彼女が頓死したる時も、黄金の宮殿に至りて、仏より「汝が来るべき䑓(うてな)なり」と示されたりと云ひ、また比企郡の行者が夢に感じたる時も、「これは即ち大日如来の塔なり。本尊は今、人間に交はり給ふ。汝知らずや、武州伝馬町・佐久間が家の卑女なり」と示されたりと云ひ、また於竹が世を去りて後、湯殿山に参詣せる人に遇へる時にも、善心と念仏とを勤めよと奨めたりとあるを思ふに、この女は徹頭徹尾、仏法大帰依の人なりしこと云ふまでも無し。

 然るに、富田春女に向ひては、「我は世に在りし時の善行に因りて、今はかく大神に仕へ奉ることを得て、名を於竹だいじんと賜り、大神の御恵みに因りて、何の足らはぬことも無く、安らかに楽しみ居て、辱きことなり」と云ひて、甚く歓びたる如く聞きこゆるは、抑々(そもそも)如何なることならむとの疑ひを起こさぬ者は無かるべし。

 これは一応尤(もっと)もなる疑ひの如く聞こゆれども、その実は然らず。如何にとならば、神と云ひ、仏と云ひ、聖(ひじり)と云ひ、仙(やまびと)と云ふが如きは、畢竟(ひっきょう)人間の方に於て、互ひに異説を逞(たくま)しふし、流儀を立て、宗旨を起こして、種々の法を説くより、その一法を偏信する者にありては、こゝに初めて種々の差別あるものゝ如く思ひ、我が宗旨を固執し、他を顧みざるの常なれども、それは全く真実の道理を知らざる間のことにて、要するに迷信の徒(ともがら)と云ふの外無し。

 今一歩を進めて、真理の玄妙を発揮し、大道の本旨を覚悟し得むには、儒なり、仏なり、その他何の道より入りたりとするも、入る門の如何に拘わらず、その真(まこと)をだに尽くさむには、必ず得道の身ともなり得らるべきを悟るに至るべし。
 畢竟、道の玄妙は、真実無妄にして至誠なるの外無きを以て、かの於竹女の如き、慈悲仁善にして他念無かりしとせば、自然に真実無妄の妙境に達したるは、蓋(けだ)し疑ひ無きものならむ。

 然れば、その口に唱ふる所は、仏名にもあれ、咒文にもあれ、神語にもあれ、名言にもあれ、それは唯妄念雑慮を祓ひて、真実無妄の至誠を求むる一手段たるに過ぎざれば、於竹女仙の如きは、仮令(たとえ)称名を為さずして、他の神語や格言を唱へたりとするも、その唱ふる所の如何に拘わらず、必ず仙班に列するに至るべきこと、これまた疑ひ無きものなり。
 人もしこの道理を了解せば、於竹女の仏法信仰の人にして、遂に木花開耶姫命に仕へ奉る女仙と成りしこと、また何の疑ひあらむ。然れば於竹女は、念仏に因りて道を得たるにあらず、至誠を以て女仙と成りたる者なり。思ひ誤るべからず。

(清風道人云、宮地厳夫先生曰く、「神仙得道の法、必ずしも一つに非ず。還丹修練の効によりてこれを得る者あり。霊芝仙薬を服するによりてこれを得る者あり。積善陰徳の功によりてこれを得る者あり。図を帯び符を服するによりてこれを得る者あり。精思純想によりてこれを得る者あり。霊章秘文を唱するによりてこれを得る者あり。この他なお種々ありといえども、それはただ分け入る門を異にするに過ぎざるのみにて、要するに至誠が極まり神明の感応を得る結果に他ならず」。 #0396【『本朝神仙記伝』の研究(14) -漆部造麿が妻-】>> )
 
 
 
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『本朝神仙記伝』の研究(14) -漆部造麿が妻-
 漆部造麿(ぬりべのみやつこまろ)が妻は何氏なるを知らず。大和国宇多郡漆部里の人なり。
 その性、廉潔にして清浄を好み、少しも穢れ無き好女なり。常に魚肉だに食せず、専ら菜蔬(さいそ)のみを食とせり。七人の子有れども、家貧にして衣服無きを以て、藤蔓(ふじづる)を用ひ、物を綴(つづ)りて身に纏(まと)ひたりと云ふ。

 然(しか)れども日々沐浴を
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