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#0097 2011.4.7
世界太古伝実話(6) -先入観による弊害-
 
 
 この話は、大正3年に行われた宮地巖夫先生(1847~1918、宮内省式部掌典として明治天皇の側近を務められた明治における神道界の重鎮)による講話を筆記したものの一部(導入部分)を、僭越ながら、後学の徒、清風道人が現代語風におきかえたものです。( #0096【世界太古伝実話(5)-日本に集う世界の宗教-】>> より続く)

 また、この世界太古伝実話をすることについて、今一つ参考のため申し上げておきたいことがあります。それは、古いことわざに「先入主となる」ということがありますが、これは実に至言で、わたしも皆さんも、最初に聞かされて「それはもっともである」と感心したことは容易に変えることができないもので、いつまでもその人の精神の本主となるものですから、これほど恐れ慎むべきものはありません。そこでこれを注入するはじめにおいて、最も注意して真正な道を選ばなければ、その人の終身を誤らせることになりますから、決して油断ならないものです。

 近来、欧米の文物が盛んになり、我国でも行われていますが、その中でも、政治や法律、海陸軍制、天文、地理、医学、理化学などはもちろんのこと、その他諸制度、諸学術など、我が国家の進歩に莫大な貢献があったことは、今さら申し上げるまでもありません。これはすなわち先帝陛下(明治天皇)が明治維新に際し、天地神明にお誓い在らせられた「五箇条の御誓文」の「智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ」にも合っており、皇基が今日のように大いに振起する御代となったことは、その結果に相違ありません。
 この「智識を世界に求める」ということは、いわゆる「彼(か)の長を採って我が短を補う」という意味に他なりませんが、追々輸入されている海外百科の学術の中には、我が国家の上に大打撃を加え、国体の基礎を破壊せんとするような危険物も混ざっておりますため、油断しておりますと、知らず知らずの内に深入りして、意外な大禍害に陥ることがないとはいえませんので、これは決して等閑(なおざり)にしておく訳にはまいりません。

 それは、地質学や人類学などという学科のことに関してでありますが、それらの学術はご承知のとおり、地層や山脈、潮流などによって想像を膨らませ、また土中より掘り出したとか古墳の中から拾い出したという金石器、土器、人骨、禽獣骨、魚骨、貝殻などを取り集めてこれを研究の材料にし、その物態によって種々に想像を描くというものです。
 そして、これは紀元前のものであるとか、これは何世紀時代のものであるとか、このものはあのものより進化してこのように変化したものであるなどということくらいは、別に論ずるほどのことではありませんし、我国においても、金石器や埴輪や勾玉などの中に、これは天孫降臨以後のものであろうとか、これはそれ以前の大国主神の時代のものであろうなどということは、既に古人も論じて来たことで、そんなに警戒するほどのことではありません。

 しかしながら、これらの学説より派生して一種の妄想を加味して、世界は大陸が本(もと)で島国は末であると臆断し、中国やインドは大陸国であるから本であり、我国は島国であるから末国であるとして、自分が日本国民であることを忘却し去って我が肇国(ちょうこく)の歴史を眼中におかず、中央アジアのある地方の民族が黒龍江に沿って、あるいは山脈を追って朝鮮半島を経て流浪し来たりて我国を開いたとし、あるいはインドもしくはペルシャ方面のある種族が南洋諸島を経て潮流に従い、九州の南端に漂流し来たりて我国を開いたとし、種々の想像憶測をたくましくして、甚(はなは)だしい者に至っては、自ら数千年の間生存して来て、その変遷の事実を逐一に目撃でもしたかのように断定して、自らもこれを信じ、人にも語って疑わず、また世の人においてもこれに雷同して「そのとおりである」と心得る者もいるようですが、これは余りにも軽率ではありますまいか。我々の所見より考えますれば、実に以ての外(ほか)のことであります。

 それはなぜかといえば、また繰り返すようではありますが、我国には記紀(『古事記』『日本書紀』)のような正史の明文が存在して、天地開闢(かいびゃく)の古伝より皇祖皇宗、すなわち天神天祖の極を立て、統を垂(た)れ給える皇統一系をいただいており、皇室及び臣民の系統も明白な伝記が存在するにも関わらず、何を困(くる)しんで前に述べたような茫漠(ぼうばく)とした想像を描き、その上想像を信じて事実とするに至っては、全く言語道断の次第なりという他ありません。
 これが、この話の冒頭に申しました先入の主となったもので、その人たちは、未だに中古以来の弊風を脱せずに、はじめから儒学を学ぶとか、仏教に入るとか、欧米の学術に従事するとかして、我国の学問を知らないために、はじめに学んだ学問がいわゆる先入主となって内外を転倒し、本末を取り違えることに至ったもので、いかにも残念な次第であります。

 このようなことを申すと、そういった人たちは、「これは意外なことを聞くものである。我々は、記紀二典はいうまでもなく、その他あらゆる国史をも広く学び、我国の事情は百も承知の上であるが、とにかく我国は一小島国であり、版図の大小、人口の多少など、いずれの点から考えても、我国は他の大国の民族が来て開いたものに違いない」と申すかもしれませんが、それがすでに間違いであります。
 その訳は、そのような人たちも記紀二典やその他の国史も読んで知ってはおりましょうが、元来の見方を間違えておりますので、つまり前に申し上げたように、その人たちは最初から主として外国の学説を聞き込んで、いわゆる先入主となっているために、その人たちの眼は一種の色の付いた眼鏡となっております。
 そこで、たとえ国史を読んだにせよ、我が古典の真相が見えません。熟知はしておりましても、それは己の偏見によって曲解して熟知しているので、その誤った熟知により、ますます自分の都合に合うように種々の説を立て、人心を惑わし、我が国家の基礎を破壊する道具に使う訳でありますから、その偽熟知が我国に害毒を流すことについて、これ以上に甚(はなは)だしいことはありません。

 そもそもそのような人たちが、「版図の大小、人口の多少など、いずれの点から考えても」というのは、「大陸は国が大きいから本(もと)であって、我国などは島国で国が小さいから末である」という意味でありましょうが、これは頗(すこぶ)る滑稽な話で、大きくても末であるものもあれば、小さくても本であるものがあります。
 たとえば古歌にも「芳野川 その水上(みなかみ)を尋ぬれば むくらの雫(しずく)の下露(つゆ)」とありますが、これは「芳野川の末は大きな川となっておれども、その水上の本はわずかにむくらの雫の下露の流れである」という意味であります。また、頭は小さいけれども本であり、体は大きいけれども末といわねばなりません。芳野川の水上が、むくらの雫の下露というような小さな流れであっても、これが源流ならば本であり、芳野川の下流の方がいかに広く、いかに大きな川となっていても、その川幅のためにそこを本とする訳にはまいりません。
 
 
 
清風道人
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