日本古学アカデミー

#00353 2015.5.9
『異境備忘録』の研究(38) -天狗界の養生法-

 


「天狗にて肉体の者の養生と云ふは、徳利に八分目位水を入れて厳しく振る事数万にしてその水を出せば熱湯となる。それに田螺(たにし)の干物を入れ暫く置きて取り出し食ふなり。一度湯に入れてその肉を取り、干したる田螺は火を以て焼き、沸かしたる功なしとて水をそのまゝ湯にするなり。
 又、熱湯を徳利に入れてその口を詰め、忽(たちま)ち淵に投じ、二時(ふたとき)ばかり置き、出して極寒の水の如き冷水を拵(こしら)へる事もあるなり。」『異境備忘録』

「日本国の深山にて御舞台と唱ふる所五ヶ所あり。各々御舞台と唱ふるは方一丈(約3m)の岩なり。毎年六月五日、茯苓(ぶくりょう)・松脂(まつやに)・生密(きみつ)及び人間界の糧煎(りょうぜん)を交へて青竹に入れて御舞台の岩下中央に埋め置きて、十二月大雪の時に俄(にわ)かに幽界に入りたる人等その所に集りては、丈笛を六、七人もして吹き、歌を謡(うた)ひ、天女その御舞台にて二人舞ふなり。舞終りてかの埋め置きたる物を取り出して、分配して各々別るゝなり。その埋めたる物の色は鼈甲(べっこう)に似たり。」『異境備忘録』

「杉山僧正の界には、雞卵、鰹節、干魚、鳥類を大に好むなり。四国の天狗には右様の物は皆嫌ふが中に、鰹節のみは食するなり。」『異境備忘録』 #0148【『仙境異聞』の研究(13) -山人界の食生活-】>>

 天狗界で養生が行われるのも、神集岳の寿真級の神真達が調息導引や神草仙薬の調服に努められるのと同様に、霊胎を清浄にして霊徳を増大させ、さらに上位の位階を賜って上遷することを目的としているのでしょう。 #0235【『幽界物語』の研究(5) -幽界の位階-】>> #0343【『異境備忘録』の研究(28) -神仙界の養生法-】>>
 『仙境異聞』中でも様々な仙薬が紹介されていますが、断食行や火修行等も、自身の霊胎を純化し、魂徳をさらに磨くことによって、人間の祈願を成就し守護する霊力を養うためです。 #0150【『仙境異聞』の研究(15) -山人界の修行-】>> #0153【『仙境異聞』の研究(18) -山人の養生法-】>>
 また『幽界物語』中には、赤山仙境においては常に武術の稽古をし、武術に勝れた者を第一に尊ぶことが見えますが、人間においてもあらゆる技芸の達人となるためには呼吸法の修練が必要不可欠であるのと同様で、仙境においても調息導引等の法が重んじられるものと思われます。 #0068【達人の境地とは?】>> #0243【『幽界物語』の研究(13) -仙境の修行-】>>

「雞冠石(けいかんせき)等の毒気を天狗の消す法は味噌なり。これは僧正坊等の類にあらざれば知らず。これは天狗中の秘事なり。又、雞冠石を手足の爪・鼻穴・耳穴に付ける時は、流行病の伝染に罹(かか)る事なし。」『異境備忘録』

「天狗を始めて魔道に至るまでも、雞冠石(けいかんせき)を粉にして、軽粉、烏賊魚(いか)の甲、年魚の骨四味を合して烏賊魚の皮に入れ、陰乾しにして門戸梁柱に掛くる時は、かゝる類の害なしとぞ。」『異境備忘録』

水位先生が誤って仏仙界に入られた際、小童君より「よくその毒を防ぐ」と、人間界の味噌を賜って難を逃れたことが『異境備忘録』中に見えます。 #0331【『異境備忘録』の研究(16) -人事を尽くして天命を待つ-】>>
 また雞冠石(鶏冠石)は、その名の通り鶏のトサカのような赤色をしたヒ素を含む硫化鉱物で、日本では群馬県・西牧、青森県・恐山、北海道・手稲鉱山等から産出されますが、邪気祓いの効験が強く、桃の種を半分に割って中に鷄冠石の粉末を満たし、それを再度接合して封印すれば、強力な御守りになることが伝えられています。 #0089【桃の神秘】>>

「神仙界又天狗界共に玄胎とて肉体の異なる体に転じたるは、剣・玉・鏡・幣等に我が生霊を止めて年に六度は丁寧に祭るなり。その祭祀の法は寒暖によりて異なり。」『異境備忘録』

 生霊はイキリョウではなくセイレイと読み、これは造化大神より賜った本魂(天之御中主神の分霊)と体魂が合したもので、通常はこの生霊に魄霊を加えて霊魂と呼んでいます。 #0015【人間の本性は善か悪か?(1)】>> #0016【人間の本性は善か悪か?(2)】>> #0017【心の中の葛藤とは?】>>
 つまり、生霊は霊魂中より陰神系の魄霊を除いた陽神系の御霊で、神仙道を霊魂凝結の道と称するのも、この陽神である生霊の凝結を意味し、幽冥に坐す神仙に通じ、分魂して神境に至ることを得るのも生霊の霊徳によるものとされています。 #0226【尸解の玄理(5) -本身の練蛻-】>> #0258【『幽界物語』の研究(28) -参澤先生の霊的体験-】>>
 宮地水位先生によって伝えられた生霊鎮祭法は、自らの生霊を鎮祭して、陽魂の凝結と増大、魂徳霊感の発揚、霊胎(玄胎)の長養を期するための玄法ですが、日本の神典にも、大己貴神(大国主神)が自らの幸魂奇魂を大和の三諸山に鎮祭し給い、それより大いに魂徳を発揚して大功を立て給いて、遂に大物主神と成られたことが記されており、この伝承に照らしても上記のことを知るべきでしょう。 #0118【大国主神の幸魂奇魂】>>
 『抱朴子』には「玄一(げんいつ)の道また要法なり。長生の道を欲せば一を守れ」と説かれていますが、玄一の玄は玄胎の意味、一(いつ)は生霊の意味で、つまり玄一とは玄胎に生霊が転入したものを称し、神化の道を成就するためにこれが必要不可欠であることは前述した通りです。 #0222【尸解の玄理(1) -神化の道-】>> #0223【尸解の玄理(2) -神通は信と不信にあり-】>> #0324【『異境備忘録』の研究(9) -長生不死の道-】>>
 また「人よく一を知らば万事畢(おわ)る」、「一を守らば即ちよく神に通ず」、「よく一を守らば、一もまた人を守る」ともありますが、これを換言すると、「人が自らの生霊を知れば、人間界での万事は終る」、「生霊を守れば、幽冥に坐す神霊に通ず」、「よく生霊を守れば、生霊もまた人を守る」となります。
 さらに『抱朴子』には分形分身の法を暗示して、「玄一を守り、並びにその身、分かれて三人と為らむことを思わば已(すで)に三人見(あら)わる。またこれを益して数十人に至るべし。皆己が身の如し。これを隠しこれを顕すに皆自らに口訣有り。これ所謂(いわゆる)分形の道なり」と記されていますが、これもまた生霊の霊徳で、岩間山仙境を主宰される杉山僧正が咒文を唱えて分身され、神祇大仙が数千万にも分形して霊徳を発揮し給う玄理も、ここに窺い得ることが出来ます。 #0138【『仙境異聞』の研究(3) -山人の霊徳-】>>
(『幽界物語』の著者である参澤明先生もまた、自らの分魂を祭られていたことが伝えられています。 #0257【『幽界物語』の研究(27) -幽境に通じる神拝の詞-】>> )

清風道人

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