日本古学アカデミー

#0090 2011.3.3
「雛祭り」の本来の意味

 


 雛祭りの供え物の中には白酒がありますが、往古は桃酒でした。桃酒はまた桃花酒ともいいますが、これは酒に桃花を浸して飲むもので、邪気を去り、顔色を鮮悦にして百病を除く効験があるといわれています。酒そのものに邪気祓いの効果があるのは植物の霊長である稲の精であるからで、稲という名の由来は生命の根(イノチノネ)の意味であり、これを精(しら)げた米を洗米として神前に供えるのは、献饌(けんせん)というよりは邪気を祓って神前を清めるという意味が主となっています。 #0022【豆ツ魔の伝承】>> 

 白酒という言葉から受ける印象で白っぽい濁り酒を連想しますが、本来はもち米で作る酒で、いわゆる清酒と呼ばれる普通の酒です。宮中で行われる新嘗祭(にいなめさい)や大嘗祭(だいじょうさい)には、白酒つまり普通の清酒(すみざけ)の他に、黒酒(くろき)という酒を供えます。(『万葉集』に「天地久しきまでに万代(よろずよ)に仕え奉らむ黒酒(くろき)白酒(しろき)を」などとあります。)白酒は普通の澄んだ清酒ですが、黒酒はこれに桐の木を焼いた灰を混ぜて色を付けるもので、これは『延喜式(えんぎしき)』(平安時代中期に編纂された格式で、祝詞や神事の施行法が細かく規定されている)などにも作り方が定められていますが、後世になって桐の灰の代わりに黒ゴマの粉を入れて黒酒を作るようになりました。

 供え物には他に草餅があります。これは蓬(よもぎ)の若葉を混ぜて作った餅ですが、蓬も邪気を避ける力があり、仙人が蓬の杖を携えるのもこういった理由でしょう。中国では「桑弧蓬矢(そうこほうし)の礼」といって、男子が生まれると桑の弓と蓬の矢を作って天地四方を射る風習がありますが、これも古代仙道の邪気除(よ)けの道術から出たものと思われます。『平家物語』の安徳天皇御誕生の条に、「桑の弓、蓬の矢を以て天地四方を射させらる」とあるのは、この仙術が日本に伝来し、宮中において修法されていたことを物語っています。

 今は広く行われていませんが、古くはまた母子餅(ははこもち)というものを供えていました。これは菊科に属する母子草という野草を混ぜて作るのですが、この草は春の七草の一つで、人日(じんじつ)の節句(1月7日)の七種粥(ななくさがゆ)に用いられるのは、邪気を除いて寿を延ばす効験があるといわれているからです。また、この七草(セリ、ナズナ、ハハコグサ、ハコベ、コオニタビラコ、カブ、ダイコン)を浸した水に爪を浸け、その爪を切り取ることを「七種爪(ななくさづめ)」と称して江戸時代の末期頃まで行われていましたが、これも指先から邪気を取り除く神法道術の遺風でしょう。(日本では、帰宅した時やトイレの後、食事の前などに手を洗う習慣がありますが、これも指先から邪気を放出するための行為でしょう。また「足を洗う」という表現も邪から離れることを意味します。)

 母子餅という名称は、実は奇(く)しくも雛祭りの本来の意味を表しています。この母子餅は、その名にちなんで母と子の人形(ひとがた)に供えられたものです。いや、それは逆説で、母と子の人形に供えられたことから「母子餅」と称せられ、その材料となる草であるために母子草と名付けられたのでしょう。この母子草のことを「御形(ごぎょう)」ともいいますが、この行事にちなんでのことで、御形とはつまり人形(ひとがた)のことです。(天皇陛下の禊(みそぎ)を御禊(ごけい)といいますが、大嘗祭の年の十月には、主上(天皇陛下)は賀茂川の河原に行幸(ぎょうこう)し、水際に立たれて人形(ひとがた)に口を着けて息を吹きかけられた後、この人形を川へ流す行事が行われていました。これを「御禊の行幸」といいます。)

 このように本来の雛祭りの行事は、大小の人形(ひとがた)を作り、大きなものを母の人形、小さなものを子の人形とし、これに咒物として桃花の枝、桃酒、母子餅などを供え、人形で体を撫でて息を吹きかけて邪気を移し、災禍を負わせてこれを清流に投じ、さらに桃枝で身体を祓い、桃酒を飲み、母子餅を食して邪気を去り、延年多幸を祝した行事であったことがわかります。
 さらに雛祭りの行事は、母と子の祓いというだけでなく、老若男女を問わず行われていたに違いありません。室町時代までは夫婦の雛人形を祭っており、つまり古くは夫婦の人形(ひとがた)も祭ったことを物語っており、このように母子と夫婦の人形を祭ったということは、家族(うから)親族(やから)すべての祓いの行事が行われていたことがわかります。 #0018【「はらひきよめ」という日本文化】>>

清風道人

カテゴリ:玄学の基本
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