日本古学アカデミー

#00115 2011.7.14
物実の神術について

 


 平田篤胤先生が久延毘古(くえびこ)の神秘を敬信されたのは、先生が毎朝奏上された『毎朝神拝詞』においても「天勝国勝奇霊千憑彦命(あめかつくにかつくしみたまちよりひこのみこと)と称へ名(みな)負はせ奉(まつ)る曽冨騰(そほど)の神、またの名(みな)は久延毘古神(くえびこのかみ)の御前に、平朝臣(たいらのあそん)篤胤、斎清(いみきよ)まりけり、慎み礼(いや)まひ拝(おろが)み奉りて畏(かしこ)み畏み白(まお)す」とあるように、日ごと事ごとに拝してその霊験を祈請されたほどで、詳しくは次のように記されています。 #0114【少名彦那神の出現】>> 

「己(おのれ)早くこの道理を覚(さと)れる故に、神棚に向かひてすべての神を拝する詞(ことば)にも、末にこの神の御名を唱へしめ、今また学問の神の詞にも白(まお)し、次なる家の祭屋に白す詞にもこの神の御名を入れたり。学問に志さしむなどは殊(こと)にこの神の御霊(みたま)を仰ぎ、その幸ひを祈るべき事にこそ。それは己久しくこの神を斎(いわ)ひ奉(まつ)りて、日々にその御陰を蒙(こうむ)りて(後略)」

「久延毘古命(くえびこのみこと)はまたの名を曽冨騰(そほど)の神とも云ふ。かの少名彦那神が海を渡りて来ませる時に、「此(こ)は神産巣日神(かみむすびのかみ)の御子(みこ)少名毘古那神(すくなびこなのかみ)なり」と申せる神なるが、神典に「この神は、足は歩かねど、尽(ことごと)く天下(あめがした)のことを知れる神なり」とあれど、実には田畑に作り立てて、鳥獣の脅しに用ふる案山子(かかし)の事なり。
 しかるにこれを神と云ふは、その形いと見悪しく、卑しき物にはあれども、神世より作り設けし神像の本(もと)にして、あらゆる神祇(しんぎ)精霊が憑(よ)りつきて、天下の事は更(さら)なり、天上の事をも知れる最も奇(くし)き物なる故に、神とも命(みこと)とも申せるなり。
 田畑に立てる真の案山子は更なり、それに準(なぞら)へたる幣(ぬさ)にても、あらゆる神あらゆる霊の物実(ものざね)として祈り拝すれば、神にまれ霊にまれ、その祈り白(まお)す事のまさに従ひて、その事に預かり知れるが憑(よ)り来たりてその応あり。この神が天上天下のあらゆる事を知る道理、これを以て思ひ弁(わきま)ふべし。」 #0055【神々の分体と合体】>> #0072【宇気比の神術】>>

「我が古道の学問におきては、天上天下、幽界(かくりよ)顕界(あらわよ)の微旨(びし)を探りてこれを身につけ、修身斎家は更(さら)なり、治国平天下の道、またこれに出ずる事の本(もと)を明かさむと欲する学びなる故に、記載の学びは更にも云はず、神祇(しんぎ)万霊(ばんれい)の幽助なくては道の精義を悟ること能(あた)はず。故に深くこの神を信じて、あらゆる神霊(みたま)をその物実(ものざね)に招請して、その能はざる所を発揮せしめ給はむことを祈り思ふなり。
 さて、その神体を調(ととの)ふる法の委(くわ)しき事は、中々にここに記し得べくもあらねば、その略式を云はむに、所謂(いわゆる)幣束(へいはく)を作りてその神体に見立て、神棚にまれ霊屋にまれ、その厨子(ずし)の扉の前に安して、あらゆる神あらゆる霊の尽(ことごと)くその幣(ぬさ)に憑(よ)り来ませりと観拝すべし。総じて神の霊代(みたましろ)に、今のようなる幣束を用ふること、古(いにしえ)に確かなる証あること無く、中世(なかつよ)より始まれる事にはあれど、それ常の例となれる故に、神にまれ霊にまれその神体と定むれば、その霊必ずその幣に寄り留まるものなり。
 それは諸国所々に有りしと折々聞く事なるが、神の天翔(あまかけ)り給ふを見たるが、その行き留まり給へる処(ところ)を見れば幣束ありき、あるいは空中を金幣の飛ぶを見たり、など云ふことままあり。心をつけてその実事を尋ぬべきなり。」

 このように物実(ものざね)の神術は、遠く神代の時代から伝承されている故事で、決して後世の人間が考えた偶像崇拝のようなものではありません。わら人形に過ぎない案山子でも、あるいは木刻品である神像でも、また紙工品である幣束にしても、物実そのものには霊魂はありませんが、それを神実(かむざね)として寄り憑(かか)り来たる神なり霊なりによって、霊代(みたましろ)としての神異がありますので、案山子そのもの、神像そのもの、幣束そのものの物体を拝するという意味ではありません。
(霊代となる物実は、もちろん穢(けが)れのない清浄なものでなければならないことはいうまでもありません。祭祀において、まず祓い清めの神術からはじめることは、まさに自然の摂理に適っています。 #0018【「はらひきよめ」という日本文化】>> #0060【禊ぎ祓えの神術】>> )

清風道人

カテゴリ:日本の神伝
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