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#00736 2021.9.17 |
奇蹟の書(11) -生霊-
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生霊(いきりょう)なるものは、心霊学者の云ふところの二重体なるものと全然同じものであるやうに考へられるけれども、全くの別物である。(二重体は後章に述べる。) 生霊は心霊体が肉体から遊離をしたものであって、副体(一名は幽体とも称せられる、これも後章で述べる)の幾分を伴ふて出現するものと見做(みな)される。 #0496【扶桑皇典(26) -神魂・上-】>>
二重体の見られるのは普通には昼間のことで、夜陰にも出現する道理があるけれど、陰闇な所では人目にかゝらぬものだ。然るに生霊の方は昼間よりも夜間の方が多く出現する。これは人心の凝りといふものが昼よりも夜間に多いためである。
また生霊は幽霊の如くに、燈火無き暗所に於てもその容姿が判然と見へる。この点は二重体と相違をしてゐる。幽霊や生霊が陰闇な場所で人の肉眼に映ずる訳は、心霊体なるものが燐光性の発光素を具へるからである。 彼(か)の狐狸が闇黒の夜に美夫人や大入道などの姿を現す場合に、鼻目や着衣の縞柄(しまがら)まで見せるのは、その幻像なるものが狐狸の心霊原質から造り出されたものである証拠である。 #0594【生類の霊異(27) -狐(淫蕩性及び防衛的武器)-】>> #0601【生類の霊異(34) -狸及び貉(化狸の事例)-】>>
生霊は、彼の二重体が極めて平穏に且つ一種の道化(どうけ)た状態を以て現れるに反して、執拗なる意思、或は忘れ難き深刻な怨恨の場合に現れることも、両者に於ける差異の点である。 また生霊は言語を為し得ぬ代りに人を脅威する力があり、人の睡眠中に現れてこれを魘(うな)さす力がある。
また二重体と相違の点として、容貌の変化といふことを挙げ得る。すなはち二重体は徹頭徹尾本人の容貌を模擬して違うところが無いけれど、生霊は時としては本人とは似てもつかぬ異相状態を以て現れることがある。或る子女の生霊が、入道姿の男子を現じた実話もある。
また生霊は体の上半部だけが判明で、腰部以下が影の如くに淡く、最下部に至っては全く見得べからざること、或る種の幽霊と同様なこともある。要するに生霊は心霊体そのものゝ神遊的現象で、これこそ真の生きた幽霊に相当すべきである。 |
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カテゴリ:奇蹟の書 |
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#00601 2019.6.29
生類の霊異(34) -狸及び貂(化狸の事例)-
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豊後国日田町には、明治初年に有名な老狸があって、同地の老大家の五岳先生に化けて他(ひと)を訪問するのが十八番芸であるが、この狸が化けるのはこの事ばかりで、その他のものには一度も化けたことがない。而して又、彼は風流韻事の席へのみ化け、五岳となって現れるのだから、土地の人はこれに風流狸の綽名(あだな)を与へて居た。
詩人・墨客(ぼっかく)が
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カテゴリ:生類の霊異 |
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