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#00528 2018.4.7
君子不死之国考(1) -概略-
 
 
(清風道人云、この『君子不死之国考』は、明治天皇の側近として宮内省式部掌典を務められた明治の神道界の重鎮で、また秘かに宮地神仙道の道統を継承された方全霊寿真・宮地厳夫先生が、和漢の諸書を編纂して我国の国史を考証し、明治二十四年二月九日に脱稿された論考です。 #0379【水位先生の門流(1) -道統第二代・方全先生-】>> #0380【水位先生の門流(2) -方全先生の幽顕往来-】>> )

 漢土の古代に於て、本邦を称して「君子不死之国」と云へるは、昭々たる事実にして、我が国史に最も関係を有するものなり。
 既に本邦にては、神武天皇紀元前、皇孫命(すめみまのみこと)降臨まで遡るに僅々(きんきん)三代に過ぎず。漢土にては、この間何十世なるを知らず。これを以て、世に、本邦の建国は漢土より後ならむと疑ふ者あり。而(しか)して彼、却て我を称して「君子之国」と云ひ「不死之国」と云ふ、豈(あに)その故無からむや。 #0177【「天孫降臨」の年代】>> #0188【神倭伊波礼毘古命の誕生】>> #0479【扶桑皇典(9) -天孫の降臨・下-】>>
 彼我(ひが)の歴史を参考するに、我、彼に先立ちて、敢て後れたること無きを証し、以てこの疑ひを解くに足るものあり。これ、最も我が国史に関係を有する所以(ゆえん)なり。
 今、その観る所を抄出し、即ち纂集して、一篇の書となし、以て愛国好古の君子に正す、敢て信を不信の人に求むるにあらずと云爾(しかいう)。

 「君子不死之国」とは、范曄(はんよう)が『後漢書』の『東夷伝』に、「王制ニ曰ク、東方ヲ夷(い)ト云フ。夷ハ祇(あ)フルヽナリ。言フ、心ハ仁アリテ生ヲ好ム。万物、祇フレテ地ニ出ズ。故ニ天性柔順、道ヲ以テ御シ易(やす)シ。君子不死之国有ルニ至ル」と有りて、唐の章懐太子(しょうかいたいし)が、註に「『山海経(せんがいきょう)』ニ曰ク、君子国ハ衣冠シテ剣ヲ帯ブ。マタ曰ク、ソノ人ハ黒色寿ニシテ死セズ。東方ニ在ルナリ」と有るこれなり。

 また同書に、「倭ハ韓ノ東南、大海ノ中ニ在リ、山島ニ依リテ居ヲ為ス。凡ソ百余国。ソノ大倭王(やまとのおう)ハ、耶馬台国(やまとのくに)ニ居ル」と有る「倭」とは本邦を云ひ、大倭王とは我が皇室を指せること、今更云ふまでも無きを、猶「君子不死之国」と云へるも、実は漢土の上代に於て、本邦を称せし古名なること疑ひなし。

 これは今珍しげに云ひ出すまでもなく、君子国を本邦なりとせしは、三善清行(みよしきよつら)朝臣の『意見封事』、北畠親房(きたばたけちかふさ)公の『神皇正統記(じんのうしょうとうき)』を始め、その他古来その人少なからず。
 また、不死国を我国なりと云ひしも、稀には無きにあらずと雖(いえど)も、多くは唯「本邦なり」「我国なり」と云へるに過ぎずして、漢土の上代に於て、何に因りてこれを君子国とも不死国とも称し出したるか、その所以(ゆえん)を詳らかにせしものあるを聞かず。豈(あに)また遺憾なきを得むや、請ふ、試みにこれを云はむ。

 それは、まずこの『東夷伝』に「東方ヲ夷ト云フ」より「万物、祇フレテ地ニ出ズ」と云へるまでの十九字は、范曄が『風俗通』によりて「夷」の字の解釈を為したるものなる事は、註に「事ハ『風俗通』ニ見エタリ」と有るにて明らかなれば、今更にこれを贅(ぜい)せず。
 次に「故ニ天性柔順、道ヲ以テ御シ易シ」とは、即ち東夷は仁ありて生を好むの方位に在る国なれば、かの四海と云ふ中にも、南蛮、西戎(せいじゅう)、北狄(ほくてき)などの、三方にある諸外国とは大いに異なる所有りて、天性とは天然の稟性(ひんせい)と云ふこと、柔順とは柔和温順と云ふことにて、東夷の人は、物に悖戻(はいれい)するの気を帯びさるを以て、道徳を以てこれを風化すれば、よく治まりて泰平を為すの国なり。
 故に君子国と云ふ礼儀の正しき国、また不死国と云ふ長寿にして死せざる人も有るほどのことなりと云へる文なり。

 然るに、「故ニ」以下は全く范曄の語なれども、「君子不死之国有ルニ至ル」とは、即ち章懐太子の註の如く、『山海経(せんがいきょう)』を始めとして、漢土古来の伝説に因りて云へるものにして、かの国に在りては深く人の信じたる伝へなること、この范曄が一点の疑ひを容れず、断じて東夷の内に君子不死之国有りと信じたる語気なるを以て知るべきなり。
 但し、范曄はその君子不死之国の有る所以を、唯に東方仁ありて生を好むの方位にのみ帰したれど然らず、これは事実を知らざる故なり、その由(よし)は次々に云ふべし。
 
 
 
清風道人
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