それ混元既に凝りて、気象未だ効(あらわ)れず。名も無く為(わざ)も無し。誰かその形を知らむ。然(しか)して乾坤(あめつち)分かるゝ初め、参神、造化の首(はじめ)を作(な)し、陰陽こゝに開けて、二霊群品の祖(おや)と為りき。所以(このゆえ)に、幽顕に出入りして、日月、目を洗ふに彰(あらわ)れ、海水に浮沈して神祇(かみたち)身を滌(すす)くに呈(あらわ)る。かれ、太素(たいそ)は杳冥(ようめい)なれども、本教に因(よ)りて、土(くにち)を孕(はら)み、島を産みたまひし時を識(し)り、元始は綿邈(めんばく)なれども、先聖に頼(より)て、神を生み、人を立てたまひし世を察(し)る。(『古事記』序文)